書評

『アグネス・スメドレー 炎の生涯』(筑摩書房)

  • 2018/05/28
アグネス・スメドレー 炎の生涯 / ジャニス・R. マッキンノン,スティーヴン・R. マッキンノン
アグネス・スメドレー 炎の生涯
  • 著者:ジャニス・R. マッキンノン,スティーヴン・R. マッキンノン
  • 翻訳:坂本 ひとみ,石垣 綾子
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(435ページ)
  • ISBN-10:4480856269
  • ISBN-13:978-4480856265
内容紹介:
『大地の娘』アグネスの、決定版伝記。愛と性、貧困と解放、そして悲運の死。ラディカルに生きるしかなかったジャーナリストの、そのグローバルな行動から知られざる内面まで、精緻に、かつ情熱的に描く。

生が輝くために

二十年前、大学に入ったころ、『中国のうたごえ』『偉大なる道』の著者アグネス・スメドレーの名は輝いていた(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1991年前後)。現在の学生は彼女を知っているだろうか。共産主義が「崩壊」したといわれるいま、私自身、この決定版の伝記、J&S・マッキンノン『アグネス・スメドレー炎の生涯』(石垣綾子・坂本ひとみ訳、筑摩書房)をどう読めるのか、興味があった。

激しい、正直すぎる生だ。

一八九二年、ミズーリ州の貧農の子に生まれた。父は酒飲み、母は洗濯女。ローカル誌のセールスマンからジャーナリズムに近づく。出自と教育に恵まれない娘は、人との出会いをチャンスに変え、栄養にする。最初の夫アーネスト・ブルンディンに社会主義に導かれ、マーガレット・サンガーのもとで産児制限運動にとりくんだ。ニューヨークでインド独立運動に参加し、ワイマール共和国崩壊寸前のベルリンに移って、指導者ヴィンドラナト・チャトパダーヤと暮らし、「献身的で熱心な本物の反逆者」(エマ・ゴールドマン)に育っていった。

興味深いのは、このラジカルな女性の私生活だろう。暴力をふるう西部の男に植えつけられた根深いセックス拒否症。出産拒否ストライキまで提唱した。そんな性的抑圧を精神分析と自伝『女一人大地を行く』を書くことで克服し、三十~四十代は一転して性的にアナーキーとなった。

一九二八年、革命の現場を求めて中国へ渡る。三〇年、リヒャルト・ゾルゲとつかのま、対等で友情にみちた関係を結んだ。「こんな素晴らしい日々は初めてなのよ。頭も体も心も、こんなに健康的だったことはありません」

水を得た魚のようにアグネスは一日十八時間も働き、茅盾、魯迅、孫文夫人らと知りあう。西安事件後、外国人ジャーナリストとしては異例の長い旅を八路軍と共にした。イデオロギーよりも自分の目と直感を信じる彼女は、朱徳とは人間的に触れあった。が、毛沢東は「目の合わない、どこか自信のない人」とみているのも面白い。

四一年、アメリカに帰って、「中国共産党の大義」を訴えつづけたが、それが名声のクライマックスで、戦後、「赤狩り」の時代にはソ連のスパイの嫌疑をかけられ、不遇のまま、一九五〇年、イギリスで亡くなっている。

八十余人をインタビューし、ときにはFBIの情報ファイルを繰り、取材に十数年かけた伝記である。共産主義を敵視する国でこの評伝執筆に二つも奨学金がついた。それをスメドレー個人を知り支援しつづけた石垣綾子とジャック白井の研究者でもある坂本ひとみが三年越しで訳した。 力仕事である。精神の営みとしての出版はかくありたい。不明確なことは断定しない節度を保ちながら、やはりどこか情熱的な叙述となっている。

のちに反共産主義者となったフリーダ・アトリーですら「抽象的に大衆を愛し、一人一人の苦難には冷淡な純理論的エセ革命家と違って、アグネス・スメドレーは、自分の時間も労働力も捧げ、乏しい収入の大部分を数えきれないほどの個人を助けるのに費やした」と語っている。

はたして資本主義は勝利したのか。いや勝ち負けではない。女性の生き方として誰しも、床下に金塊を隠すような人生より、バッグには旅行用小切手しか残らなくとも、「貧しく抑圧された人々の解放」を信念として闘いつづけたアグネスの人生に価値を見出すだろう。ひるがえって今日、私たちがいくら「自分らしく」「奔放」に生きたところで、「生の核」がないかぎり無意味であり、人生は輝かないことを、彼女は鋭く問いつめてくるように思う。
アグネス・スメドレー 炎の生涯 / ジャニス・R. マッキンノン,スティーヴン・R. マッキンノン
アグネス・スメドレー 炎の生涯
  • 著者:ジャニス・R. マッキンノン,スティーヴン・R. マッキンノン
  • 翻訳:坂本 ひとみ,石垣 綾子
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(435ページ)
  • ISBN-10:4480856269
  • ISBN-13:978-4480856265
内容紹介:
『大地の娘』アグネスの、決定版伝記。愛と性、貧困と解放、そして悲運の死。ラディカルに生きるしかなかったジャーナリストの、そのグローバルな行動から知られざる内面まで、精緻に、かつ情熱的に描く。

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初出メディア

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毎日新聞 1990年6月~19993年3月

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