書評

『日本の企業家13 小倉昌男 成長と進化を続けた論理的ストラテジスト』(PHP研究所)

  • 2018/06/07
日本の企業家13 小倉昌男 成長と進化を続けた論理的ストラテジスト / 沼上 幹
日本の企業家13 小倉昌男 成長と進化を続けた論理的ストラテジスト
  • 著者:沼上 幹
  • 出版社:PHP研究所
  • 装丁:単行本(470ページ)
  • 発売日:2018-02-22
  • ISBN:4569834337
内容紹介:
今日では生活に欠かせない宅急便は、稀代の理知的経営者のアイデアと、官との戦いの中から生まれた。その軌跡を経営学的に読み解く。

名経営者の思考、戦略を精緻に読解する試み

宅急便という社会インフラをゼロから創造した小倉昌男。希代の経営者について多くの書物で語られてきたが、本書こそ決定版である。

構成が素晴らしい。第一部では評伝という方法の強みが十全に生かされている。小倉昌男といえども初めから完成された経営者だったわけではない。名経営者の「達成」「業績」を事後的に評価するのでなく、経営者として進化していく思考と行動の過程を描く。宅急便事業に参入する前後の小倉の思考と行動の丹念な記述には経営と戦略の醍醐味(だいごみ)が凝縮されている。

これだけでも第一級の仕事だが、本書の白眉(はくび)は後半の小倉の経営能力の解読にある。第一部が評伝として抜群に面白いのも、第二部の解読を前提としているからだ。著者一流の読み解きを通じて、小倉の思考と行動を彼に固有の文脈から引き剥がし、その類いまれな経営能力を抽象化する。こうした作業によって、小倉という一つの手本から、汎用(はんよう)的な知見を抽出する。ここに本書に独自の価値がある。小倉自身が『小倉昌男 経営学』という名著を遺しているが、本書の有用性と解読の深さはそれを凌駕(りょうが)しているといってよい。

複雑な問題に直面したとき、凡百の経営者は物事の要因を箇条書き的に列挙して解を得ようとする。しかし、小倉に代表される優れた戦略家は、要因間の因果関係についての論理にまで踏み込み、全体が全体として作動するメカニズムを解明しようとする。あっさりいえば「大局観」ということになるが、それが実際のところ何であり、何ではないかを本書は明快に教えてくれる。

一例をあげると、宅急便の戦略の鍵となった「サービスが先、利益が後」という意思決定。サービスと利益は表面的にはトレードオフの関係にある。ここで両者の「バランス」を取ろうとするのは愚策である。一方を優先し、他方を劣後させても、背後のメカニズムについての深い洞察に基づき、ダイナミックな波及効果を意図すれば、結果的には両方が手に入る。むしろ、一方を捨てるようなアンバランスな意思決定をしないと、すべてを失うことになる。この辺の戦略思考の最もコクがある部位について、マニアックなまでに精密な読み解きが繰り広げられる。

本書と同じアプローチで名経営者についての本が10冊、20冊とできれば、経営に携わる人々の戦略思考力の向上に大きく資するに違いない。もしかしたら、これが最も優れた経営の教科書のフォーマットなのかもしれない。そう思わせる傑作である。
日本の企業家13 小倉昌男 成長と進化を続けた論理的ストラテジスト / 沼上 幹
日本の企業家13 小倉昌男 成長と進化を続けた論理的ストラテジスト
  • 著者:沼上 幹
  • 出版社:PHP研究所
  • 装丁:単行本(470ページ)
  • 発売日:2018-02-22
  • ISBN:4569834337
内容紹介:
今日では生活に欠かせない宅急便は、稀代の理知的経営者のアイデアと、官との戦いの中から生まれた。その軌跡を経営学的に読み解く。

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初出メディア

週刊エコノミスト

週刊エコノミスト 2018年5月29日

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