書評

『残る本 残る人』(新潮社)

  • 2018/06/12
残る本 残る人 / 向井 敏
残る本 残る人
  • 著者:向井 敏
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(321ページ)
  • ISBN:4103467029
内容紹介:
本の見どころ勘どころを数行の言葉にきりりと絞る。手がけた書評1000篇。書評歴20年。書評エッセイの達人がおくる20世紀最後の10年のエッセンス99。知的な会話が楽しめるお薦めの1冊。
書評を書くようになって、はや十年近く経った。そもそも、最初にこの世界に入り初めたのは、毎日新聞の書評欄を担当したときのことである。そのとき、書評委員長は丸谷才一さんだった。丸谷さんは、最初の集まりで、原則として「褒める書評」であれということを言われた。当時、一部の通俗な評論家たちの、ともかくこてんぱんにやっつける書評というものが流行っていて、しかもそれが世俗の評判を得ていたことを十分に意識しながら、しかし書評というものは、その本の良いところを取り上げて読者に伝えるのが任務で、もし良からぬ本だと思ったら黙殺するのが正しい態度だという趣意であった。

向井さんの書評は、まさにこの「褒める書評」のもっとも見事なお手本で、私は今までにも、しばしば、うーんと唸った覚えがある。

けなすのは、或る意味では簡単な芸である。どんな文章だって、あらを探せば切りがないからである。しかし、反対に褒めるとなると、ただ自分が面白いと思ったとか、感心したとか、そんなことを書いても始まらない。むしろそういう感情的な側面を極力押さえて、当該の書評を読んんだ人が、「ああ、面白そうだなあ、是非読んでみたいものだ」と思ってくれるのでなければ意味がない。それには、しかし、よほど広く目を書物に曝して、うんと無駄読みもして、そこから、良いものだけを拾い上げてくる努力が要求されるだろう。この意味で、向井さんの書評の技はまさに群を抜いた水準にあると言ってよい。本書は、まさにこの向井書評術の集大成と言ってよいもので、本を評した本を読んでかくまでも面白いというのは、ちょっと比類がない。それは、もとより文章が十分にこなれて分りやすい練達の名文であることと、その批評範囲が驚くほど広汎に亙っていて、あたかも一つの図書館を概観するの趣があること、そして批評対象に向って注がれた筆者の視線が如何にも温かいという幾つかの条件の然らしむるところである。そして、事実、向井さんの推した本を読んで失敗だったと思うことは殆どない。

この本は近十年ほどの仕事の粋を選んだものであるが、まったく、そのどれを取っても、ああこの本読みたいなあと思わせてくれる。たとえば、本書に激賞されている、百目鬼(どうめき)恭三郎(きょうさぶろう)の『解体新著』(平成四年)の如き書評集を、矢も楯もたまらず近所の古書店で買い求めて、貪るように読んだ。それは人も知る峻烈な書物批判の書であったが、それでいてちっとも嫌な感じがしないのは、その批判の対象が常に「権威」に向けられていて、分らぬことは正直に分らぬと言い、きちんとした根拠を示して批判を述べる、その心がいかにも率直で真摯だからであった。と思いながら、また向井さんの本を読んでいると、今度は野球の豊田泰光氏の書いた『オレが許さん!』という本が、これまたいかにも面白そうに書いてある。そこでまた近所の古本屋に行って、これも手に入れてきた。ああ、こんなことをしていては、いっこうに仕事が先に進まぬ。困ったなあと思うけれど、つまりそのくらい、向井さんの筆には逆らえぬ力があるのである。
残る本 残る人 / 向井 敏
残る本 残る人
  • 著者:向井 敏
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(321ページ)
  • ISBN:4103467029
内容紹介:
本の見どころ勘どころを数行の言葉にきりりと絞る。手がけた書評1000篇。書評歴20年。書評エッセイの達人がおくる20世紀最後の10年のエッセンス99。知的な会話が楽しめるお薦めの1冊。

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初出メディア

なごみ

なごみ 2001年5月号

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