書評

『名画の言い分』(筑摩書房)

  • 2018/07/25
名画の言い分 / 木村 泰司
名画の言い分
  • 著者:木村 泰司
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(303ページ)
  • 発売日:2011-06-10
  • ISBN-10:4480428283
  • ISBN-13:978-4480428288
内容紹介:
「西洋絵画は見るものではなく読むものだ」という持論を豊富なエピソードとともにわかりやすく解説した西洋美術史入門。古代ギリシア彫刻から印象派まで、西洋美術を理解するために必要にして十分な基礎知識をエスプリとユーモアを巧みに交えながら「語る」手法は、斬新で具体的。楽しみながら知的好奇心を満たしてくれる一冊。カラー図版多数。

西洋美術を読み進めて見つかるもの

面白くて役に立つ一冊である。久々に蘊蓄(うんちく)の素を、多量にしかも安価に仕込んだ気分だ。

もちろんこれは最高の賞賛である。

役に立つ気分にさせる本は数多く出版されているけれど、いっときの気分ではなく、脳内に永久保存される西洋絵画の「知識と教養」が、写真入りの文庫として提供されている。まずもって大変にお買い得だとお奨(すす)めしたところで、本題に入ろう。

私たちは18世紀以前の絵画を、美術館や展覧会で見てきた。見てきたつもりだが、実は「目にした」だけで何も見えていなかった、理解してはいなかった、ということをこの一冊は教えている。

美術は見るものではなく、読むものです。

感性で近代以前の西洋美術を見ることなど不可能です。

著者は最初にそう宣言して、西洋絵画に描かれた「メッセージや意図」を、古代から中世そして19世紀の印象派まで、解(わか)りやすくときに読者を挑発しながら語っていく。およそ100点の、誰もがよく知る絵や彫刻を写真で示しながら、宗教や歴史や文化に関する膨大な知識を踏まえて解説されるので、大船に乗って時代の大河を下ることが出来る。

読み進むうち、これまで「感性」や「好き嫌い」でしか鑑賞して来なかった絵画に、思いもかけないものが描かれていることを発見する。

キューピッドと天使はどう違うのかを、ギリシャ時代の神話とキリスト教の違いから解き明かし、長く聖母子ばかり描かれてきた宗教画だが、なぜフィレンツェにおいて父親も加えた聖家族が描かれるようになったかを、社会背景や経済的豊かさの観点から説明する。それは絵画に興味を持てない人間をも、充分に説得する。

西洋美術を支配してきたのが宗教であることは誰しも知っているが、宗教的メッセージを絵画で表現してきた歴史を持たない日本人は、「宗教的」ということだけで拒否反応を示すというか、素通りしてしまうところがある。しかしそれは勿体(もったい)ないことで、「読み解く」ことで明かされるのは宗教そのものではなく、「時代」であり当時の「社会」や「人間」なのだ。

製作者は宗教的な意図やメッセージを作品に潜ませた(いやあからさまに表現した)にしても、現代の鑑賞者は、その意図やメッセージを通り越して、奥に広がる時代と社会を覗(のぞ)くことが可能、つまりは「絵画は窓」であり、決して板や布や壁に描かれた対象物では無いのだ。

そしてその理解の自由度は、実のところ一神教のDNAを身内に持つ西欧人より日本人の方が、より創造的に深いと言えば、おそらくこの本の著者は、そのような理解の自由度こそ、日本人を「真の西洋絵画理解」から遠ざけていると言うだろう。

しかし私には、この一冊がもたらす効果は、著者の本来の目的を越えているように思う。

「自然から受けとめるワビサビ的感性」「権力から離れた隠棲(いんせい)の美」の遺伝子を持つ日本人が、「理と知と論理」で構築された西洋美術を経巡ったあとに発見するのは「日本人自身」であるような気がしてならない。私自身、日本人とは何かを考えながら読んだ。そして、19世紀のヨーロッパにおけるジャポニズム席巻の真の理由は、フォルムや色彩や独特の遠近法の斬新さだけではなく、それを可能にした「日本の美の歴史」ではないのかと、はっと照らし返されるものがあった。
名画の言い分 / 木村 泰司
名画の言い分
  • 著者:木村 泰司
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(303ページ)
  • 発売日:2011-06-10
  • ISBN-10:4480428283
  • ISBN-13:978-4480428288
内容紹介:
「西洋絵画は見るものではなく読むものだ」という持論を豊富なエピソードとともにわかりやすく解説した西洋美術史入門。古代ギリシア彫刻から印象派まで、西洋美術を理解するために必要にして十分な基礎知識をエスプリとユーモアを巧みに交えながら「語る」手法は、斬新で具体的。楽しみながら知的好奇心を満たしてくれる一冊。カラー図版多数。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2011年8月28日

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