書評

『ピエロ・デッラ・フランチェスカ』(平凡社)

  • 2024/05/13
ピエロ・デッラ・フランチェスカ / 石鍋 真澄
ピエロ・デッラ・フランチェスカ
  • 著者:石鍋 真澄
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(476ページ)
  • 発売日:2005-04-01
  • ISBN-10:4582652050
  • ISBN-13:978-4582652055
内容紹介:
現代人を魅了してやまない十五世紀イタリアの画家ピエロ・デッラ・フランチェスカ。最新の学知を渉猟し、謎多きその生涯を太い輪郭線で描ききるわが国初のモノグラフ。確かな実証にもとづき、作品解釈がいたずらに氾濫する「推測の砂漠」に一石を投じる。

独自の解釈交え描く謎の画家の全体像

複製でしか見たことがないのにけっして忘れられない絵というものがある。私にとって、本書の画家ピエロの《モンテフェルトロ祭壇画》がそれにあたる。

伏し目がちの聖母がどこか東洋的な無表情で中央に座り、膝(ひざ)には幼いキリストが眠っている。キリストの胸に鮮血の滴りのように真っ赤な珊瑚(さんご)のネックレスが掛かっているのも印象的だが、なにより不思議なのは、聖母の頭上の、天井の大きな貝殻から金鎖が垂れ、その先に白い卵がぶらさがっていることだ。

本書の周到を極める解説によれば、空中の卵は新たな誕生の象徴である。一方、赤い珊瑚はキリストの血であり、従って血を流して聖母の膝で眠る幼児は、十字架から下ろされ母に抱かれて永遠の眠りにつくキリストの運命を予告している。

つまり、この絵には、珊瑚と卵を介して死と再生が描きこまれている。

フェルメールとともに、二〇世紀が再発見した最大の画家ピエロは、こうした図像学的解読の宝庫といえる。例えば歴史家ギンズブルグは、ルネサンスを代表する「謎の絵画」であるピエロの《キリストのむち打ち》について、ヘラクレス的力業ともいうべき解釈を披露した。

しかし、本書の石鍋氏はギンズブルグの強引さを退け、このむち打ち図のにわかには信じがたい幾何学的厳密さを強調しつつ、聖書『詩篇(しへん)』の正統的な読解にもとづく独自の解釈をうち出している。

無論、解釈に唯一の正解はない。しかし、石鍋氏はこの百年のピエロ研究の流れに細密かつ公平な目を配りつつ、過不足のないピエロの全体像を、一般読者にも十分納得できるように提示している。

その全体像とは、初期ルネサンスの厳密な数学的調和を求めながらも、職人の律義さで絵画という手仕事を全うし、晩年にはフランドル絵画に通じる宇宙的共感へと接近してゆく、人間の知性のもっとも明澄で幸福なかたちである。

それは、中世の信仰とも近代的意識のドラマとも違う、まるで宙づりにされた卵のように神秘的で、しかし、ゆるぎないフォルムの実在感を伝えてくる。そこにピエロの永遠の新しさがある。
ピエロ・デッラ・フランチェスカ / 石鍋 真澄
ピエロ・デッラ・フランチェスカ
  • 著者:石鍋 真澄
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(476ページ)
  • 発売日:2005-04-01
  • ISBN-10:4582652050
  • ISBN-13:978-4582652055
内容紹介:
現代人を魅了してやまない十五世紀イタリアの画家ピエロ・デッラ・フランチェスカ。最新の学知を渉猟し、謎多きその生涯を太い輪郭線で描ききるわが国初のモノグラフ。確かな実証にもとづき、作品解釈がいたずらに氾濫する「推測の砂漠」に一石を投じる。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2005年6月12日

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