書評
『ペーパームービー』(講談社)
美しい映画のように
内田裕也が都知事選挙に出たことがあった、彼はもちろん「ロックンローラー」として選挙に出た。だから、彼はテレビの「政見放送」の中で、バンダナを頭に巻き、英語でしゃべり、とうとうロックをアカペラで歌ったりした。変なやつ。そう、思われたのではなかったろうか。ぼくは、その内田裕也を見て、感動していた。この人は、最高に論理的なのだ。そう思った(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1996年)。「ロックンロール」は英語の歌だ。英語は日本人にとって外国語で、わかりにくく、他人の言葉で、それ故刺激的なのだ。内田裕也にとって「政治」はそうでなければならなかった。だから、彼は、そのようにテレビで振る舞った。彼は奇矯な人ではなく、ほんとの過激派で不良で、あまりにも「ピュア」なのだ。そう思った。
そして、樹木希林。彼女は、悠木千帆と名乗っていた頃からすごい女優だった。なんというか、テレビという枠をあっさり踏み越えていた。
いま「枠を超えている」という言葉を使う時、この場合の「枠」はテレビ的なものだと思う。そして、不思議なことに、いま文学のたいていはテレビ的な枠の中にすっぽり入っているのである。
だから、どちらもテレビの枠を超えている内田裕也と樹木希林の夫婦という関係もすごいなと思っていたら、この二人は「内田也哉子」という傑作も産み出していたのだった。
十九歳で本木雅弘と結婚した内田也哉子の書き下ろしエッセイが『ペーパームービー』(朝日出版社のち講談社文庫)。ここには、子供の頃のことから、本木雅弘との結婚のことまで書かれている。ぼくは、読んでいて羨ましくなったり、唸ったりした。(日本の)学校教育なんかなんの役にも立たないんだなと思ったり、母親である樹木希林の子供への突き放し方が素敵と思ったり、父親でありながら一緒に住んだことのない内田裕也の日常的な不良ぶりが超カッコイイと思ったり、本木雅弘との出会いから結婚までのプロセスがなんだかおとぎ話っぽいと思った。そんな魅力的な人たちの間を自由に動き回る内田也哉子もなんて魅力的なんだろうと思った。そして、どの部分を読んでいても、いい映画を見ている時みたいな感じがするのが不思議だ、と思うのだった。
それから一週間後、少しずつ三人の旅が夢のような思い出に変わり始めた頃、二年前のクリスマスに、父にもらったビデオテープを見つけた。 『ラン・フォー・パリ(RUN FOR PARIS)』とついたテープをデッキに入れると、画面の中を走っている父がいた。何日か前に三人で歩いたパリの街を彼は走っていた。
車の中の8ミリカメラは、夢中なような、それでいて曖昧な空気の、まるで幻のような、パリを駆け抜ける父の姿をひたすら追っているだけだった。
さんざん走り続けた後、父は小さなカフェに入った。ギャルソンにコーヒーを頼んでカメラが近づくと、ひとこと私に言い放った。
「un amour, s'il vous plaît」
――アン・アムール・スィルヴプレ(愛をひとつ下さい)――
あまりよく知らない人を、私は百パーセント愛している。
この本を読めば、本木雅弘が内田也哉子を好きになってしまったのもよくわかる。
ここには「ピュア」なものがある。それは、和久井映見が出たテレビドラマの中では見つけることができないのだ。
【この書評が収録されている書籍】
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