書評

『すぐ役に立つものは すぐ役に立たなくなる』(プレジデント社)

  • 2025/09/27
すぐ役に立つものは すぐ役に立たなくなる / 荒俣宏
すぐ役に立つものは すぐ役に立たなくなる
  • 著者:荒俣宏
  • 出版社:プレジデント社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(328ページ)
  • 発売日:2025-03-31
  • ISBN-10:4833440733
  • ISBN-13:978-4833440738

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パスカルは『パンセ』で「人間は、屋根葺き職人だろうとなんだろうと、生まれつき、あらゆる職業に向いている。向いていないのは部屋の中にじっとしていることだけだ」(拙訳)と語っている。

荒俣宏も『すぐ役に立つものはすぐ役に立たなくなる』(プレジデント社 一八〇〇円+税)でこう述べている。

わたしは好きなことだけしているわけでもなかった。正直にいえば、どんな仕事もやってみるとおもしろくなるのだ。大学卒業後、就職は魚類に興味があったから水産会社に勤めたのだが、配属されたのは漁船に資材を詰めこむ部署で、その後は思いもよらぬコンピュータ室だった。3日で辞めようと思ったが、4日も頑張ってみたら、デジタル機器のおもしろさを発見して10年近く勤務した。そこで知ったのは、『来たバスには乗ってみろ』という至言だった。やれば、何でもおもしろくなる。

この言葉は、好きなことを好きなだけ徹底してやってきたように思える荒俣宏が言ったことだからこそ、真実味が増すのである。

では、「好きなことを好きなだけ」と「来たバスには乗ってみろ」はいったいどのように両立するのか?

興味のないものを興味あるものに変える勇気は『やってみる』精神にある。物事は、試すという縁があった場合に、非常な興味を抱かせるものだから。

そう、「縁」が非常に重要なのだ、しからば、縁とは何か? この問題に荒俣宏が気づいたのは、母親に見合いの縁談を勧められて、強く拒否すると同時に、「根が物好きというわたしの変な気質が幸いしてか、恋愛結婚と見合い結婚の違いをこの際考えてみようと思い立った」ことにある。

縁は元来は仏教用語である。

仏教の教えによると、物事に関係が生じるきっかけは、『因』である。因とは関係が生まれるきっかけであり、縁という引力みたいな作用がここに変化を生みだすこととなる。(中略)われわれの世界は『因と縁と結果』でできあがっているから、『因縁』の世であり、この『因縁』を取り除いたら『我』と呼ばれる確かな存在は無に帰するから『無我』となる。という仏教の語源を知れば、なぜ『縁談』ということばがあるのかも理解できてくる。つまり、縁もゆかりもなかった男女が、縁の力によって夫婦になることから、縁談なのだ。

ところで、この縁談と荒俣宏が奉ずるセレンディピティ理論[無駄=非効率的だと思われた行動からたくさんの発見、発明が生まれてくるという理論]はよく似ている。

関心の幅を広げるためには、宝探しをするつもりで、いろいろなことに触れることが大切だ。中でも、誰も手をつけないようなものには、あえて触れてみることをおすすめする。なぜなら、そうした不人気なものの中にこそ、大きな宝が隠されているケースが非常に多いからだ。すでにお話しした因縁と因果の説を思いだしていただきたい。恋愛結婚ではなく、見合い結婚、すなわち知らぬ者同士の縁談を仕組むこと。そして、この因縁説をいちばん有効に発揮させるには、他人が選ばないような相手とあえて縁組することなのだ。わたしは、これを実人生でも実践してお見合い結婚をしたが、思ってもみないベスト・パートナーに恵まれたと思っている。

荒俣宏的な「思考の技術論」のエッセンスが詰まった本である。
すぐ役に立つものは すぐ役に立たなくなる / 荒俣宏
すぐ役に立つものは すぐ役に立たなくなる
  • 著者:荒俣宏
  • 出版社:プレジデント社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(328ページ)
  • 発売日:2025-03-31
  • ISBN-10:4833440733
  • ISBN-13:978-4833440738

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週刊文春 2025年6月19日

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