書評

『食の戦争 米国の罠に落ちる日本』(文藝春秋)

  • 2019/01/15
食の戦争 米国の罠に落ちる日本 / 鈴木 宣弘
食の戦争 米国の罠に落ちる日本
  • 著者:鈴木 宣弘
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:新書(207ページ)
  • 発売日:2013-08-21
  • ISBN:4166609270
内容紹介:
食のグローバル化で、食の世界地図はどう書き換えられるのか。戦略なき日本の危機を見つめ、あるべき未来の食戦略を考える警告の書。

社会を破壊する自由化の論理を突き崩す

TPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉のテーブルにいよいよ日本が着席した(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2013年)。今後、日本の農業はどうなってしまうのだろうか。著者は農水省で国際交渉にかかわった体験をもとに自由化にさらされる我が国の貿易政策を現場から分析、牛成長ホルモンや遺伝子組み換え(GM)技術の危険性も訴えてきた。この分野の第一人者として、本書はその最新報告である。

主張は明確だ。TPPは「外交交渉」という紳士的な語感から連想される生ぬるいものではなく、ズバリ「食をめぐる戦争」で、「今だけ、金だけ、自分だけ」の利益を追求する米国の巨大企業が認可官庁や研究機関をも動員し、経済学の初歩の論理を悪用して、日本の食を価格競争に巻き込むものだ。そう警鐘を鳴らしている。

「初歩の論理」とは、こんなことだ。農業保護のせいで貿易交渉では製造業が譲歩を強いられ、農家じたいも弱体化・高齢化している。農業保護は百害あって一利なく、規制を緩和し貿易を自由化すれば競争力がつくし、消費者もより安い商品を選択できる。貿易量が増えれば農産物の価格が安定、危機にも備えられる。「食の安全」も、各国で基準を決める自由が保証されるはずだ……。

本書の読みどころは、具体的なデータを紹介しつつ以上の論理を突き崩し、交渉の狙いを痛快なまでに暴く点にある。その一。日本の農業は(「聖域」とされる米・乳製品など1割の品目を除き)厳しい競争にさらされており、世界の方が過保護である。日本の平均関税率の11・7%は大半の国より低く、農業生産額に占める政府予算にしても、日本の3割弱に対しフランス4割強、米国約6割。多くは政府から農家への直接支払いである。

では何故、いまなお日本が5兆円規模で保護していると叩(たた)かれるか。からくりはOECDが公表しているPSE(生産者保護推定額)にある。スーパーで国産のネギ1束が158円、外国産が100円で売られているとして、消費者が国産を選べば、品質で選んだにもかかわらず、差額の58円が「非関税障壁」として保護額に算入されてしまうのだ。一方米国は、国内販売にも援助しているという理屈で否定しているが、農産物の輸出にWTOで禁止されたはずの輸出補助金を実質1兆円規模で拠出している。まるで丸腰で武装勢力と闘うようなものなのだ。

その二。日本では農協がもっぱら過保護の巣窟(そうくつ)視されるが、世界では流通・小売りの大型化を受け、むしろ酪農協や乳業メーカーの大型合併が相次いでいる。米国には巨大なディーン・フーズが生まれ、デンマークとスウェーデンでは2国でアーラ・フーズの1農協状態となった。規模がないと流通に対抗できず、買い叩かれてしまうからだ。ここで農協のみ解体しても、巨大スーパーの独占市場になるばかりである。

その三。「自由化」は関税という経済的規制の緩和のみにかかわるはずなのに、食の安全性基準など社会的規制にも要求が及んでいる。なかでも問題がGM農産物で、すでに米国から輸入しているトウモロコシ・小麦・大豆など年間約3100万トンのうち、GM作物は約1700万トンに達している。

GM作物は米国では「科学的に安全」とされるが、現に著者は、モンサント社のトウモロコシに発がん性リスクがあると指摘している。子どもが30年間食べ続けて安全か否かは誰にも分からず、米穀物協会には「自国で食べる小麦はGMにしない」と公言する幹部もいる。

ところがGM作物につき米国は、TPPで表示義務の廃止要求を突きつけてくる可能性がある。「表示は安全でないという印象を与える」との横暴な主張である。米側の首席農業交渉官がモンサント社でロビイストだったと報じられるだけに、予断を許さない。

この状況をどう見るべきか。日本は貿易戦争の一方的な被害者なのか。そうではないだろう。というのも米国側からすれば、日本は国をあげて「クルマ戦争」を仕掛け、基幹産業を瓦解(がかい)させた。いままた日銀が円安誘導するのも、戦闘的だ。「自分だけ」は、日本の製造業にも言える。日本国内にも、製造業と農業の間で比較優位をめぐる対立があるのだ。政府にとってTPPは、製造業のために農業を切り捨てる策なのである。だが農業ぬきの立国は、果たして可能なのか?

著者は、国家は経済競争力だけでは測りえない社会的価値を上げるべきだと強調する。スイスの消費者は農業に「ナチュラル」、「オーガニック」、「生物多様性」および「美しい景観」を託し、高い価格で買い支えている。それらを喪(うしな)い非GM作物を選択する自由すら奪われて食をすべて輸入するのは、真っ当な先進国ではない。コメの関税率を半減させるなど農業にも改革の余地はあるが、「食の戦争」はなにより社会の破壊である。そうしたメッセージが、熱い文章から伝わってくる。
食の戦争 米国の罠に落ちる日本 / 鈴木 宣弘
食の戦争 米国の罠に落ちる日本
  • 著者:鈴木 宣弘
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:新書(207ページ)
  • 発売日:2013-08-21
  • ISBN:4166609270
内容紹介:
食のグローバル化で、食の世界地図はどう書き換えられるのか。戦略なき日本の危機を見つめ、あるべき未来の食戦略を考える警告の書。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2013年10月6日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

関連記事
松原 隆一郎の書評/解説/選評
ページトップへ