書評

『新装版 斬』(文藝春秋)

  • 2018/10/26
新装版 斬 / 綱淵 謙錠
新装版 斬
  • 著者:綱淵 謙錠
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(445ページ)
  • 発売日:2011-12-06
  • ISBN:4167157195
内容紹介:
最も人道的な斬首の方法とは、被刑者に何らの苦痛もあたえず、一瞬のうちに正確にその首を打ち落とすことである…。"首斬り浅右衛門"の異名で恐れられ、七代二百五十年に渡り世襲として罪人の首を切り続けた山田家の一族。その苦悩と末路とは?豊富な資料に裏打ちされた、第67回直木賞受賞の異色歴史小説。

時代小説の新しい可能性示す

首斬りの浅右衛門といえば、元禄期から明治初期へかけて死刑者の首斬りを稼業とした山田家代々の総称だ。それだけに一般がその言葉から受ける印象は、実際以上に強烈なひびきをもっていた。大正のころまで〈浅右衛門丸〉という薬が、一種の気付け薬として愛用されたようだが、これはどうやら罪人の生胆を役得としてもらいうける権利のあった山田家の秘伝薬からきているらしく、明治末において、なおかつこの首斬り役人の名前を使用することによって、薬効を宣伝しようとするところに、この〈首斬り浅右衛門〉のおどろおどろしい残影をみることができよう。

作者は志賀直哉の初期の短編「鳥尾の病気」や里見弴の「ひえもんとり」を例にあげ、浅右衛門丸という口中清涼剤と、人斬りとの奇妙なとりあわせについてふれるところから筆をおこしている。そしてこの山田家が明治開化の時代に入って崩壊してゆく姿を、豊富な史料を駆使しながら克明にたどってゆく。

山田家は八代にわたって死刑執行の役を委嘱された特殊な家柄だが、その名前が一般に知られるのは安政の大獄以後のことで、もともとは試刀家が本職であり、刀をためす必要から斬首の仕事を手がけ、そのかたわら死体の生胆による製薬の特権をも得ていた。

斬首という殺人技術に熟練する一方、試刀家としてのプライドを保ちつづける一家が、吉田松陰の処刑にもあたった七世吉利のころを峠として、時代の進展につれて職業としてもとり残されてゆくその失墜感を、吉利の四人の息子たち、とくに三男の吉亮を中心として追ってゆくのだが、そこには幕末から明治初期へかけての犯罪史がちりばめられ、それがこの作品をささえる軸となっている。

吉利は四人の子を産んで亡くなった先妻のあとに、五十三歳のとき、勝海舟の世話で二十四歳の素伝と結婚する。だがこの若く美しい母の存在は、四人の子どもたちを屈折した心理に追込み、彼らは山田家の家業が暗い見通ししか持ち得なくなった時代に、素伝への複雑な恋情から、それぞれ自壊の方向をたどり、一家の凋落に拍車をかける。とくに父吉利と素伝の間に妹が生れると、父との対立が加わり、やがて長男吉豊は若くして隠居し、二男在吉は父に斬られ、四男真吉は家を出て強盗の仲間となるのだ。

もっともよく父の技量をうけついだ吉亮は、明治期最終の首斬り役として、明治三年には雲井竜雄、明治十二年には高橋お伝などの処刑にもあたるが、その彼がいちばん最後に斬首したのは皮肉にも真吉であり、一家の悲劇はそこにきわまったといえよう。

小説的な展開の部分と、史料を中心とした叙述の部分が交互にあらわれ、その全体で明治開化期の不思議な錦絵をつくり出しており、それがひとつの特徴ともなっているが、このやや重たい表現はかえって山田家の末路という特異な素材をあつかううえに効果的に作用しているように思える。

才媛である素伝が結果的には山田家の滅びの歯車をまわす役割をはたしたことが、彼女をとりまく息子たちの側から照射され、彼らとの距離感としてとらえられている点におもしろみがあるが、この考え抜かれた構成がかえって作品全体の混然としたまとまりとその流れを阻んでいるようにも思われる。しかし時代小説の新しい可能性をしめす力作であろう。
新装版 斬 / 綱淵 謙錠
新装版 斬
  • 著者:綱淵 謙錠
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(445ページ)
  • 発売日:2011-12-06
  • ISBN:4167157195
内容紹介:
最も人道的な斬首の方法とは、被刑者に何らの苦痛もあたえず、一瞬のうちに正確にその首を打ち落とすことである…。"首斬り浅右衛門"の異名で恐れられ、七代二百五十年に渡り世襲として罪人の首を切り続けた山田家の一族。その苦悩と末路とは?豊富な資料に裏打ちされた、第67回直木賞受賞の異色歴史小説。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1972年7月7日

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