書評

『ヒロインズ』(C.I.P.Books)

  • 2018/11/27
ヒロインズ / ケイト・ザンブレノ
ヒロインズ
  • 著者:ケイト・ザンブレノ
  • 翻訳:西山 敦子
  • 出版社:C.I.P.Books
  • 装丁:単行本(424ページ)
  • 発売日:2018-07-04
  • ISBN:4990997107
内容紹介:
夫や愛人のかげで声を消されながらも書いた女性たちの生きざまと、作者の私的な語りを織り合わせたもうひとつの文学史。

「陰の歴史」を多様に浮き彫りに

先日「ニュー・アカデミー賞」候補になった作家編の短編集を読んでいたところ、新鋭作家カット・ハワードの一篇に魅せられた。A Life of Fictions(虚構人生)という題名で、ある女性が恋人の男性作家の小説モデルになるうち、現実での実態を少しずつ千切り取られ、虚構世界に消えていってしまう話だ。

そう、この一篇は、“ミューズ”と讃(たた)えられながら男性芸術家に創造的搾取を受け、彼らの陰に埋もれてきた才能ある“シェイクスピアの妹”たちの歴史を暗示するものだ。

ザンブレノの『ヒロインズ』も、そんな女性たちの「陰の歴史」を多様に浮き彫りにする、手記とも評論とも小説ともつかない強烈な魅力をもつ一冊である。

「私≒ザンブレノ」は駆け出しの作家。研究者の夫に帯同して、オハイオ州の街にやってきた。大学での職も得られず、つねに「~の妻」としか紹介されず、中編小説の出版も決まっているのに、興味をもつ人はいない。結婚による自己喪失のテーマと、モダニズム作家の狂気の妻たちに魅入られ、「私」は彼女らの言葉をなぞるように生きていく。

T・S・エリオットの妻ヴィヴィアン、ポール・ボウルズの妻ジェイン、ヘンリー・ミラーの妻ジューン、「私だって芸術家なの!」と巨大な父ジェイムズ・ジョイスに叫んだ娘ルチア……。みずから作家となった女性もいる。ヴァージニア・ウルフ、ゼルダ・フィッツジェラルド、ジーン・リース、アンナ・カヴァン、アナイス・ニン、シルヴィア・プラス……。そして抑圧された作中人物の妻たち。『ジェイン・エア』のバーサ・メイスン、『ユリシーズ』のモリー・ブルーム、ボヴァリー夫人、ダロウェイ夫人……。

神経衰弱、ノイローゼ、メランコリー、うつ、境界線パーソナリティー障害――女性の内なる不調は、その時代により便利な名前を与えられてきた。女性の本質を「狂気」と捉える父性社会、その原理に整合しないとして幽閉される女性たち。彼女らは悲運のバーサに重ねて「屋根裏の狂女」たちと名づけられたのだった。ザンブレノはここに、プラスらにも影響を与えた『黄色い壁紙』という隠れた名作を絶妙にも引いてくる。神経衰弱気味の妻は邸宅の子供部屋に軟禁され、やがて壁紙だけを凝視するようになり、その奥に何かを見始める……。ボヴァリー夫人が患っていたのは退屈などではなく、別の誰かが書いた筋書きのなかに、登場人物として、閉じこめられてしまうことだ、とザンブレノは言う。

そうした彼女たちが生き延びる手段は、書くこと。しかしミラーの妻ジューンも、愛人のアナイスも、ゼルダでさえ、パートナーの名声を凌(しの)ぐことはできなかった。

創造活動における精神的吸血(spiritual vampirism)という観点から考えてみよう。エリオットの伝記作家たちは、「吸血鬼的なのはヴィヴ(妻)のほう」で、彼女が夫の生気を吸い尽くしたと考えているという。しかしザンブレノはエリオットの高名な評論「伝統と個人の才能」から、「自分より価値の高いものに自分を明け渡すこと。芸術家の進歩とは、絶え間なき自己犠牲」という一節を鋭く引き、「芸術家とその犠牲というとき、犠牲になるのは誰か(何か)」、「吸血鬼と呼ぶのにふさわしいのは、不朽の存在になれた(夫の)ほうではないだろうか」と問いかける。

十九世紀半ば、すでにホーソーンは「書き散らす女どもの群れに押されて自分は出る幕がなくなる」と皮肉に嘆いた。百六十年余り後の、本書の内容を知ったら、驚くだろうか、安堵(あんど)するだろうか?
ヒロインズ / ケイト・ザンブレノ
ヒロインズ
  • 著者:ケイト・ザンブレノ
  • 翻訳:西山 敦子
  • 出版社:C.I.P.Books
  • 装丁:単行本(424ページ)
  • 発売日:2018-07-04
  • ISBN:4990997107
内容紹介:
夫や愛人のかげで声を消されながらも書いた女性たちの生きざまと、作者の私的な語りを織り合わせたもうひとつの文学史。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2018年11月18日

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