書評
『ラ・ロシュフーコー公爵傳説』(集英社)
陰謀と裏切りを語る
”利己的な遺伝子(セルフィッシュ・ジーン)”という言葉が流行し、定着した。二十世紀も末になって登場した科学用語である。十七世紀のラ・ロシュフーコー公爵は、自己愛(アムール・プ ロプル)を人間研究の中心に据えた。陰謀と裏切りが渦巻くフランス宮廷に生きた公爵の自然な選択だ。家系図が十世紀まで鮮明にたどれる大貴族である。ルイ十三世以降の中央集権路線とは、ぶつからさるをえなかった。ルイ十三世と宰相リシュリュウ、ルイ十四世と摂政アンヌ・ドートリッシュ、宰相マザラン、そのすべてと公爵は対立し た。反王権のフロンドの乱にはとくに深入りし、顔に重傷を負って、あやうく失明するところだった。(アンヌ・ドートリッシュは不遇時代には公爵に頼りきって いたのに、摂政になったとたん、てのひらを返した)。
粛清されずにすんだのが不思議なくらいである。公爵はともかくも宮廷に復帰し、サブレ侯爵夫人らの文芸サロンに出入りして文筆の人となっていった。「回想録」も世に出しているが、彼の名を不朽にしたのはやはり「箴言(しんげん)集」 だろう。
「太陽も死もじっと見詰めることはできない」ージョルジュ・バタイユが好んで引用するこの一句などは、すでに永遠の相を獲得している。
「何人も悪意の人となりうる強さを持たない限り、善良さを称えられるに値しない。それ以外のあらゆる善良さは、殆どつねに怠惰か、さもなければ意志の無力にすぎない」ーこうしたたぐいの明察に満ちた辛口の一巻だ。
堀田氏はこの公爵に、一人称で家系の物語とフランス歴代王家の裏面史を語らせ、やがて”自分史”を語らせた。単調になるのを嫌って、ときどき三人称に切り替えてあるが、公爵の内面に入り込む手法は一貫している。その上で、ころ合いをはかりながらつぎつぎに適切な箴言を引用して話を進めている。読み手を飽きさせない妙手というべき だろう。
【新版】
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