書評

『惜櫟荘だより』(岩波書店)

  • 2017/07/01
惜櫟荘だより / 佐伯 泰英
惜櫟荘だより
  • 著者:佐伯 泰英
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(248ページ)
  • 発売日:2012-06-21
  • ISBN-10:400025846X
  • ISBN-13:978-4000258463
内容紹介:
熱海に仕事場を構える著者は、縁あって惜櫟荘を譲り受け、後世に残すため完全修復を志す。一九四一年、岩波茂雄が静養のために建てたこの別荘は、江戸の粋を知る建築家・吉田五十八の感性と、… もっと読む
熱海に仕事場を構える著者は、縁あって惜櫟荘を譲り受け、後世に残すため完全修復を志す。一九四一年、岩波茂雄が静養のために建てたこの別荘は、江戸の粋を知る建築家・吉田五十八の感性と、信州人・岩波の海への憧憬から生まれた「名建築」だった。設計図もない中、パズルを解くような解体・修復工事が始まり、やがて、「五十八マジック」ともいうべき独創的な仕掛けが、次つぎ明らかに-。「名建築」はいかにして蘇ったのか?秘められた趣向とは?若き日のスペインでの思い出や、惜檪荘が結ぶ縁で出会った人々など、興味深いエピソードも交え、修復完成までをつぶさに綴る。好評の『図書』連載に加筆、写真も加えた、著者初のエッセイ集。

修復への好奇心、細部も活写

著者は、雌伏の時期が長かったが、今や華ばなしく雄飛した。本が売れないこの時代に、同世代の作家としてまことに喜ばしいことである。

文庫書き下ろしに徹する著者は、みずからが置かれた今の状況に、複雑な感慨を漏らしている。しかし、希代の読書家であり、佐伯作品の愛読者でもあった、故児玉清氏が喝破したように、〈作家は売れてなんぼ〉である。純文学はいざ知らず、エンターテインメントに関するかぎり、この指摘は間違っていない。

熱海に仕事場を構える著者は、眼下に接する岩波家の別荘、〈惜櫟荘〉が人手に渡ると聞き、これを買い取って解体修復し、永(なが)く保存しようという、不退転の決意を固める。本書は、そのように決心するにいたった経緯、そして建築家や工務店の選定から解体、修復にいたるまでを、入念に記録したリポートである。

その作業は、日常の原稿執筆の合間に行われたはずだが、よくここまで観察したと感心するほど、細かいところまで目が行き届いている。そのあくなき好奇心は、若き日の本業だったカメラマンの血を、如実に思い起こさせる。

惜櫟荘の、解体修理の進行を通奏低音として、さまざまなエピソードが、綴(つづ)られていく。闘牛カメラマン時代に、東奔西走した古きよき時代のスペイン。堀田善衛、永川玲二との親密な交流。雌伏時代の、フラメンコ舞踊家小島章司、小林伴子らとのコラボ。島真一、磯江毅といった画家たちとの交遊。そうした、なつかしくも興味深い話が、惜櫟荘が修復されるにしたがい、その柱や壁の一部のように、織り込まれていく。

対象に注がれる鋭い眼差(まなざ)しは、一連の時代小説作品がただの量産品ではないことを、雄弁に物語っている。愛読者も、そして読んだことがない人も、本書を読めば佐伯泰英という作家を、再認識するに違いない。
惜櫟荘だより / 佐伯 泰英
惜櫟荘だより
  • 著者:佐伯 泰英
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(248ページ)
  • 発売日:2012-06-21
  • ISBN-10:400025846X
  • ISBN-13:978-4000258463
内容紹介:
熱海に仕事場を構える著者は、縁あって惜櫟荘を譲り受け、後世に残すため完全修復を志す。一九四一年、岩波茂雄が静養のために建てたこの別荘は、江戸の粋を知る建築家・吉田五十八の感性と、… もっと読む
熱海に仕事場を構える著者は、縁あって惜櫟荘を譲り受け、後世に残すため完全修復を志す。一九四一年、岩波茂雄が静養のために建てたこの別荘は、江戸の粋を知る建築家・吉田五十八の感性と、信州人・岩波の海への憧憬から生まれた「名建築」だった。設計図もない中、パズルを解くような解体・修復工事が始まり、やがて、「五十八マジック」ともいうべき独創的な仕掛けが、次つぎ明らかに-。「名建築」はいかにして蘇ったのか?秘められた趣向とは?若き日のスペインでの思い出や、惜檪荘が結ぶ縁で出会った人々など、興味深いエピソードも交え、修復完成までをつぶさに綴る。好評の『図書』連載に加筆、写真も加えた、著者初のエッセイ集。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2012年8月12日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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