解説

『ヒョンナムオッパへ:韓国フェミニズム小説集』(白水社)

  • 2019/03/01
ヒョンナムオッパへ:韓国フェミニズム小説集 / チョ・ナムジュ,チェ・ウニョン,キム・イソル,チェ・ジョンファ,ソン・ボミ,ク・ビョンモ,キム・ソンジュン
ヒョンナムオッパへ:韓国フェミニズム小説集
  • 著者:チョ・ナムジュ,チェ・ウニョン,キム・イソル,チェ・ジョンファ,ソン・ボミ,ク・ビョンモ,キム・ソンジュン
  • 翻訳:斎藤 真理子
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(256ページ)
  • 発売日:2019-02-21
  • ISBN:4560096813
内容紹介:
『82年生まれ、キム・ジヨン』の著者による表題作を収録!「ヒョンナムオッパへ」の主人公は、ヒョンナムに恋をし、精神的に支配されながら、それが暴力であるということにも気づいていない。あとからそれに気づくという小説を書きたかった。――チョ・ナムジュ嫁だからという理由で、妻だからとい… もっと読む
『82年生まれ、キム・ジヨン』の著者による表題作を収録!

「ヒョンナムオッパへ」の主人公は、ヒョンナムに恋をし、精神的に支配されながら、それが暴力であるということにも気づいていない。あとからそれに気づくという小説を書きたかった。
――チョ・ナムジュ

嫁だからという理由で、妻だからという理由で、母だからという理由で、娘だからという理由で受けてよい苦痛はない。ただ女だからという理由だけで苦しめられてよい理由などない。
流さなくていい涙を流さなくてすむ世の中を夢見ている。
――チェ・ウニョン

#Me Too運動の火付け役ともなった『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著)が韓国で100万部以上の売り上げを突破し、大きな話題を呼んでいる。本書は韓国でその人気を受けて刊行された、若手実力派女性作家たちによる、初の書き下ろしフェミニズム小説集の邦訳である。
チョ・ナムジュによる表題作「ヒョンナムオッパへ」の主人公は、地方出身の女子。ソウルの大学に進学して、先輩のヒョンナムに恋をし、彼に守られて10年以上青春期を過ごすが、実際には何もかも彼に操作されていたと気づき……。『82年生まれ、キム・ジヨン』では、女性として生きる上で直面する様々な困難や疑問が提示されたが、本作では実際に行動を起こすところまで踏み込んでいる。
ほかに、母親との葛藤を抱えた女性の主人公が、弟の結婚を契機に母との関係、女性としての生き方に思いを巡らす「あなたの平和」、受験を控えた中学生の息子と小学生の娘の問題に悩む専業主婦の複雑な感情に光を当てた「更年」など、各篇に描かれている事例は、日本の各世代の女性たちの共感を呼ぶ。
また、韓国の男性社会の暴力性への違和感を、都市空間への違和感として象徴的に描いた「すべてを元の位置へ」や、ハードボイルドの男女の役割を入れ替えたサスペンス仕立ての「異邦人」、宇宙空間での出産をテーマに、女性のクローン人間と雌犬とロボットの心温まる交流を描いた「火星の子」など、フェミニズムへの多彩なアプローチを楽しめる。
本書は、タサンチェッパンより2017年に出版された『ヒョンナムオッパへ』の全訳です。

この本を手に取られた皆さんの多くは、韓国で百万部以上の売り上げを記録し、Me too運動の火つけ役ともなった大ベストセラー『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、筑摩書房)の存在をご存知のことでしょう。本書はその人気を受けて企画された、定評ある女性作家たちによる書きおろし短篇集です。さらに、7人の作家は印税の一部を女性人権団体に寄付したそうで、名実ともに女性のための作品集といえるでしょう。

7人の執筆者のうち、チョ・ナムジュさんとチェ・ウニョンさん以外の五人の作家は、日本初紹介ということになります。

今までも韓国の女性作家たちはフェミニズム的な小説をたくさん書いてきましたが、「フェミニズム」というテーマで編まれたアンソロジーはこれが初めてだそうです。そう言うと、「フェミニズムを広めるための小説?」「プロパガンダ小説?」と思うかもしれませんが、そうではありません。原書では「フェミニズム小説」の定義は特に明らかにされていませんが、実際の内容はかなりバラエティに富んでおり、現代韓国を生きる女性の生活と意見を踏まえて、作家たちがそれぞれに自分の考えるフェミニズム小説を模索した果実が収められているといえましょう。前半にはリアルな生活心情を描いたものが配置され、そこから徐々に現実を離陸し、サスペンス、ファンタジー、SF作品が続きます。読者の皆さんにはこのバラエティを十分に味わっていただければと思います。

フェミニズムは女性のためだけのものではありませんから、フェミニズム小説もまた女性だけが書くものではありません。性のグラデーションのどこに存在する人でもフェミニズム小説を書くことが可能ですし、今や、ジェンダーの問題をまったく意識せずに文学作品を書くことは困難なほどになっていると言ってもよいと思います。本書はその現住所を表すものであり、今後もこのような多様なアプローチは続けられることでしょう。また、いま韓国では、LGBTの人々を描く小説も増えてきており、2018年には、若い作家たちによる初のクィア小説集というサブタイトルのついた『愛を止めないで』も出版されました。その関連で現在、日本語で読める作品としては、『娘について』(キム・ヘジン著、古川綾子訳、亜紀書房)があります。

本書の原書巻末には、イ・ミンギョンさんという方が跋文を寄せています。イ・ミンギョンさんは、日本にも紹介された『私たちにはことばが必要だ』(すんみ・小山内園子訳、タバブックス)という本の著者ですが、本書について「この七つの物語は、世間と自分のうち、間違っているのはおそらく自分の方だと思いがちな女性たちを救うだろう」と書いています。なるほど、その視点で本書を眺めてみると、見えてくることがたくさんありそうです。『82年生まれ、キム・ジヨン』に続き、韓国のフェミニズムの風が何らかの形で日本の読者に知恵と力を届けることになれば幸いです。

[書き手]斎藤真理子(翻訳家)
ヒョンナムオッパへ:韓国フェミニズム小説集 / チョ・ナムジュ,チェ・ウニョン,キム・イソル,チェ・ジョンファ,ソン・ボミ,ク・ビョンモ,キム・ソンジュン
ヒョンナムオッパへ:韓国フェミニズム小説集
  • 著者:チョ・ナムジュ,チェ・ウニョン,キム・イソル,チェ・ジョンファ,ソン・ボミ,ク・ビョンモ,キム・ソンジュン
  • 翻訳:斎藤 真理子
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(256ページ)
  • 発売日:2019-02-21
  • ISBN:4560096813
内容紹介:
『82年生まれ、キム・ジヨン』の著者による表題作を収録!「ヒョンナムオッパへ」の主人公は、ヒョンナムに恋をし、精神的に支配されながら、それが暴力であるということにも気づいていない。あとからそれに気づくという小説を書きたかった。――チョ・ナムジュ嫁だからという理由で、妻だからとい… もっと読む
『82年生まれ、キム・ジヨン』の著者による表題作を収録!

「ヒョンナムオッパへ」の主人公は、ヒョンナムに恋をし、精神的に支配されながら、それが暴力であるということにも気づいていない。あとからそれに気づくという小説を書きたかった。
――チョ・ナムジュ

嫁だからという理由で、妻だからという理由で、母だからという理由で、娘だからという理由で受けてよい苦痛はない。ただ女だからという理由だけで苦しめられてよい理由などない。
流さなくていい涙を流さなくてすむ世の中を夢見ている。
――チェ・ウニョン

#Me Too運動の火付け役ともなった『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著)が韓国で100万部以上の売り上げを突破し、大きな話題を呼んでいる。本書は韓国でその人気を受けて刊行された、若手実力派女性作家たちによる、初の書き下ろしフェミニズム小説集の邦訳である。
チョ・ナムジュによる表題作「ヒョンナムオッパへ」の主人公は、地方出身の女子。ソウルの大学に進学して、先輩のヒョンナムに恋をし、彼に守られて10年以上青春期を過ごすが、実際には何もかも彼に操作されていたと気づき……。『82年生まれ、キム・ジヨン』では、女性として生きる上で直面する様々な困難や疑問が提示されたが、本作では実際に行動を起こすところまで踏み込んでいる。
ほかに、母親との葛藤を抱えた女性の主人公が、弟の結婚を契機に母との関係、女性としての生き方に思いを巡らす「あなたの平和」、受験を控えた中学生の息子と小学生の娘の問題に悩む専業主婦の複雑な感情に光を当てた「更年」など、各篇に描かれている事例は、日本の各世代の女性たちの共感を呼ぶ。
また、韓国の男性社会の暴力性への違和感を、都市空間への違和感として象徴的に描いた「すべてを元の位置へ」や、ハードボイルドの男女の役割を入れ替えたサスペンス仕立ての「異邦人」、宇宙空間での出産をテーマに、女性のクローン人間と雌犬とロボットの心温まる交流を描いた「火星の子」など、フェミニズムへの多彩なアプローチを楽しめる。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

関連記事
白水社の書評/解説/選評
ページトップへ