本書は、タサンチェッパンより2017年に出版された『ヒョンナムオッパへ』の全訳です。
この本を手に取られた皆さんの多くは、韓国で百万部以上の売り上げを記録し、Me too運動の火つけ役ともなった大ベストセラー『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、筑摩書房)の存在をご存知のことでしょう。本書はその人気を受けて企画された、定評ある女性作家たちによる書きおろし短篇集です。さらに、7人の作家は印税の一部を女性人権団体に寄付したそうで、名実ともに女性のための作品集といえるでしょう。
7人の執筆者のうち、チョ・ナムジュさんとチェ・ウニョンさん以外の五人の作家は、日本初紹介ということになります。
今までも韓国の女性作家たちはフェミニズム的な小説をたくさん書いてきましたが、「フェミニズム」というテーマで編まれたアンソロジーはこれが初めてだそうです。そう言うと、「フェミニズムを広めるための小説?」「プロパガンダ小説?」と思うかもしれませんが、そうではありません。原書では「フェミニズム小説」の定義は特に明らかにされていませんが、実際の内容はかなりバラエティに富んでおり、現代韓国を生きる女性の生活と意見を踏まえて、作家たちがそれぞれに自分の考えるフェミニズム小説を模索した果実が収められているといえましょう。前半にはリアルな生活心情を描いたものが配置され、そこから徐々に現実を離陸し、サスペンス、ファンタジー、SF作品が続きます。読者の皆さんにはこのバラエティを十分に味わっていただければと思います。
フェミニズムは女性のためだけのものではありませんから、フェミニズム小説もまた女性だけが書くものではありません。性のグラデーションのどこに存在する人でもフェミニズム小説を書くことが可能ですし、今や、ジェンダーの問題をまったく意識せずに文学作品を書くことは困難なほどになっていると言ってもよいと思います。本書はその現住所を表すものであり、今後もこのような多様なアプローチは続けられることでしょう。また、いま韓国では、LGBTの人々を描く小説も増えてきており、2018年には、若い作家たちによる初のクィア小説集というサブタイトルのついた『愛を止めないで』も出版されました。その関連で現在、日本語で読める作品としては、『娘について』(キム・ヘジン著、古川綾子訳、亜紀書房)があります。
本書の原書巻末には、イ・ミンギョンさんという方が跋文を寄せています。イ・ミンギョンさんは、日本にも紹介された『私たちにはことばが必要だ』(すんみ・小山内園子訳、タバブックス)という本の著者ですが、本書について「この七つの物語は、世間と自分のうち、間違っているのはおそらく自分の方だと思いがちな女性たちを救うだろう」と書いています。なるほど、その視点で本書を眺めてみると、見えてくることがたくさんありそうです。『82年生まれ、キム・ジヨン』に続き、韓国のフェミニズムの風が何らかの形で日本の読者に知恵と力を届けることになれば幸いです。
[書き手]斎藤真理子(翻訳家)