書評
『火星の人』(早川書房)
火星SF新時代
1961年生まれの大森は、アポロ11号の月着陸を小学校のテレビで観た世代。その翌年には大阪万博が開かれて、宇宙と未来にどっぷり浸かる少年時代を過ごしたから、SF好きになるのも当然か。もっとも、有人月面探査は72年のアポロ17号で終了。ポルノグラフィティのヒット曲「アポロ」に歌われるような昔話と化したわけですが、ここ数年、宇宙開発がふたたび脚光を浴びている。焦点は火星。2030年代の有人火星探査を目標に新型宇宙船オライオンを開発中のNASAは、探査計画のアイデアや火星基地のデザインを一般公募している。米国の新鋭アンディ・ウィアーが2011年に電子書籍で個人出版した『火星の人』(小野田和子訳、ハヤカワ文庫SF)は、火星がぐっと身近になったこの時代ならではの冒険SF。
時は近未来。火星に降り立った宇宙飛行士マークは、砂嵐で飛ばされたアンテナに直撃される事故に遭い、死んだものと思われて、ただひとり火星に置き去りにされる羽目に。さいわい、基地は無傷で残されているが、地球との連絡は絶たれ、次に人類が火星を訪れるのは4年後。それまでなんとか独力で生き延びるしかない。かくして、「火星版ロビンソン・クルーソー」とも評されるサバイバル劇の幕が上がる。
食糧備蓄は1年分だけなので、あと3年分のカロリー源が必要。さあ、どうするか――と、ここで始まるのが、なんとジャガイモ栽培。土作りから水の調達、細菌の世話などの細部と、次々に発生するトラブルとの戦いがめちゃくちゃ面白い。途中からは、地球サイド(NASAとその関係者)の話も加わり、全世界の関心を集める壮大な救出ミッションが立ち上がる。
この小説、リドリー・スコット監督、マット・デイモン主演で映画化が進行中(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2015年)。昨年末には、その脚本の表紙が、前述したNASAの新型宇宙船試験機に搭載され、ひと足早く地球を離れたとか。宇宙では、SFと現実の距離がぐんぐん縮まっているらしい。
西日本新聞 2015年6月4日
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