書評
『マッサージ台のセイウチ―グリエルモ先生の動物揉みほぐし診療記』(早川書房)
「触れあい」が生む信頼感
きっかけは、患者のひとりに愛馬の治療を頼まれたことだった。その馬は以前の飼い主からひどい虐待を受けていたため、人間に対して強い警戒心を解くことができず、近寄ると身体を緊張させてしまう。マッサージで揉みほぐしてやれば様子が変わるかもしれない、というのである。彼は戸惑った。自分は人間を相手にするごくふつうのマッサージ師だ。動物は好きだけれどその筋肉を揉みほぐしたことはない。だが彼、すなわちグリエルモは行動を起こす。馬の専門学校でその筋肉の仕組みを学び、各部位に最適なマッサージ法を習得。性質の異なる馬に接して実習を終えるや、みごと患者の愛馬の心を開いてやったのである。この体験を、問題を抱えている他の動物の治療に生かせないものか。薬を処方するわけでも外科手術でもないその提案には、獣医からの反発や現場の無理解もあったのだが、彼はわずかな機会をとらえてさまざまな動物たちの治療を試み、ロコミでその存在を認められていく。脊椎後彎(せきついこうわん)症に苦しむイルカ、セイウチ、ペンギン、背骨のはずれたフェレット、腱(けん)を傷めた飼い犬、背中に瘤(こぶ)ができて前彎症になったスナザメ。動物たちはたちどころに彼の指を信頼し、飼育係にすら見せない姿態で全身をあずけた。
もちろん神の指などありはしない。助けを必要とする動物の筋肉や骨格の解剖学的構造は事前に調べておくし、現場には獣医も立ち会う。マッサージはあくまで有効な代替治療にすぎない。本書がこの種の物語につきものの「いかがわしさ」から免れえているのは、そのような認識の謙虚さと、動物たちに触れ、また触れられることではじめて可能となる、言葉を介在させないコミュニケーションへの信頼感があるからだ。
イルカの調教師は、グリエルモ先生の治療の効果を目の当たりにして自身も患者となった。私もいまやおなじ想いを抱きつつある。硬化しきった情けない首と背中と腰を、できればペンギンふうに揉みほぐしてほしい、と思う。
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2001年9月23日
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