書評

『読んじゃいなよ!――明治学院大学国際学部高橋源一郎ゼミで岩波新書をよむ』(岩波書店)

  • 2020/01/17
読んじゃいなよ!――明治学院大学国際学部高橋源一郎ゼミで岩波新書をよむ / 高橋 源一郎,鷲田 清一,長谷部恭男,伊藤比呂美
読んじゃいなよ!――明治学院大学国際学部高橋源一郎ゼミで岩波新書をよむ
  • 著者:高橋 源一郎,鷲田 清一,長谷部恭男,伊藤比呂美
  • 編集:高橋 源一郎 (編集), 鷲田 清一 (その他), 長谷部 恭男 (その他), 伊藤 比呂美 (その他)
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(384ページ)
  • 発売日:2016-11-30
  • ISBN-10:4004316278
  • ISBN-13:978-4004316275
内容紹介:
四の五のいう前に、ともかく新書に挑んでみた!鷲田清一、長谷部恭男、伊藤比呂美の各氏のパワフルな新書執筆陣を交え、稀代の読み手がファシリテーターとなって学生とトコトン読んじゃった二年間の記録。本を徹底的に読み込み、真剣勝負の対話を重ねる中から、いまどきの学生の等身大の不安や希望も見えてくる。

教育現場の理想像がここに

『読んじゃいなよ!』は岩波新書創刊以来、もっとも分厚い新書である。約380ページ。読書入門書としては画期的で、すこぶる新鮮。しかも「入門」などという堅苦しい入り口を作っていない。読書には「門」などないのだ。

まず本書冒頭に収められた編者・高橋源一郎の序文「『読んじゃいなよ!』の取扱説明書」が、ふるっている。そもそも「取扱説明書」なのである! 本を読むことを勧めながら、本書の夕イトルを決めるまでの経緯を次のように説明している。

「『読め!』はイヤだ。なんだか、力づくの感じがするから。/『読んでみたら?』も、なんとなく押しつけがましい。/『読まなきゃダメ!』だと怒られてるみたい。/『読むべきだよ』も『読んでみれば?』もピンとこない。/そして、たどり着いたのは『読んじゃいなよ!』だったのです。」

なるほどなあ、とつくづく感心した。わたしも大学講師の経験があるから、若い学生たちに本を読むことを勧めたことは多々あるが、ここまでは考えなかった。若者の読書離れは著しい。というふうに歎(なげ)く一般の大人と同じように、歎く一方だったのである。そのときの説得は、力づくで、押しつけがましく、秘かに怒っていて、上から目線で、結局、若者たちにはピンとこなかったのではないか。わたしが勤めていた大学は音楽学校だったせいもあって、学生たちは楽譜は熱心に読むが、文字を読むのは苦手だったのである。

ああ、彼らに「読んじゃいなよ!」と言っておけばよかった。

本書は、高橋源一郎が明治学院大学国際学部で開いている「言語表現法」講座での、岩波新書を読んで感想文を書くという、2年間にわたる活動記録だ。学生たちが読んだ岩波新書の著者のなかから、ゲスト・スピーカーとして哲学者の鷲田清一、憲法学者の長谷部恭男、詩人の伊藤比呂美の3人が呼ばれ、「白熱教室」が開かれる。そこでの講演者と学生たちの対話を中心にまとめられている。

学生たちはドストエフスキーを読んで「マジやばい!」(これはほめ言葉である)と言い、小林秀雄を読んで「このコバヤシ、って人、なんでこんなに威張ってんの?」と言う。それを聞いて高橋氏は「正しい読み方です。というか、正しすぎる!」と感嘆する。余計な情報で素直に読めなかった自らを反省し、彼らから読み方を学ぶようになり、嫉妬さえしたと言う。

まことに優れた先生だな。こんなに柔軟に受講生と対応できる先生は、日本の大学には滅多にいない。だから、大学というのはいったい何だろう? 先生というのは何だろう? 本書は確かに本を読むことを勧める本なのだが、それよりも何よりも、「学校」について考えさせられたのである。大学って、そんなに面白いところだったの! とも思わせられる。

わたしの父親は半世紀以上、高校と大学の美術教師をしていたが、晩年になって、中学生の孫が不登校生になったとき、学校に行けとは言わなかった。わたしがその理由を聞くと、「学校が好きな子供はいない。毎日行く子供は、中毒だ」と言った。長年の教師生活の結論がこれかと、笑いながら納得する以外なかったが、本書を読んで、こんな「白熱教室」が成立するのなら、別の「学校中毒」が起こっていいだろうと思う。

鷲田清一は学生に言う。「大学って、卒業ってなかったらいいですのにね」。自分が納得するまで大学にいて、潮時が来ていったん去っても、また自由に戻ってこれるような場所。教育の現場は、実はここに理想がある。
読んじゃいなよ!――明治学院大学国際学部高橋源一郎ゼミで岩波新書をよむ / 高橋 源一郎,鷲田 清一,長谷部恭男,伊藤比呂美
読んじゃいなよ!――明治学院大学国際学部高橋源一郎ゼミで岩波新書をよむ
  • 著者:高橋 源一郎,鷲田 清一,長谷部恭男,伊藤比呂美
  • 編集:高橋 源一郎 (編集), 鷲田 清一 (その他), 長谷部 恭男 (その他), 伊藤 比呂美 (その他)
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(384ページ)
  • 発売日:2016-11-30
  • ISBN-10:4004316278
  • ISBN-13:978-4004316275
内容紹介:
四の五のいう前に、ともかく新書に挑んでみた!鷲田清一、長谷部恭男、伊藤比呂美の各氏のパワフルな新書執筆陣を交え、稀代の読み手がファシリテーターとなって学生とトコトン読んじゃった二年間の記録。本を徹底的に読み込み、真剣勝負の対話を重ねる中から、いまどきの学生の等身大の不安や希望も見えてくる。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

熊本日日新聞

熊本日日新聞 2017年1月22日

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
佐々木 幹郎の書評/解説/選評
ページトップへ