書評
『ドールズ 月下天使』(KADOKAWA)
江戸の天才が少女の体に転生して数々の怪事件の謎を解く――不思議で不気味で愉快な絶品小説
世に名探偵は数あれど、月岡怜ほどの個性の持ち主は他にない。外見は七歳の少女、しかし体内には別の人間の精神が共存しているのだ。江戸時代に活躍した天才人形師・泉目吉(めきち)が、転生して怜の体内に入りこんでいるのである。目吉はこれまで、傑出した知性により数々の怪事件の謎を解き明かしてきた。高橋克彦〈ドールズ〉はその活躍の軌跡をつづった作品である。本シリーズには、超自然現象を扱うホラーと謎の理知的な解明を行うミステリーの要素を併せ持つという美点がある。不思議も知性も、不気味も愉快も全部備えた完璧な娯楽小説なのだ。展開のテンポは極めて緩やかで、開幕から二十年で発表されたのは長篇・短篇集合わせてわずかに三冊のみ。ファンをもどかしくさせる罪な連作だったのだが、このたびついに四冊目の作品集『ドールズ 月下天使』が刊行された。
“アナクロ”な魅力が
政治家、医大の学部長、暴力団組長と、立場に共通点のない三人が短い期間に相次いで殺された。東京都内で起きた事件は、やがて岩手県に飛び火する。同じ手口で県内の廃棄物処理場の経営者が殺害されたのだ。被害者たちには、法の網をかいくぐって私腹を肥やしているという共通点があった。県警に対して犯人は、三百を越える名前を列挙したリストを送りつけてきた。その中から次の犠牲者を選ぶというのか。月岡怜を巡る人々は、金森聖夜(せいや)という女性との出会いを契機に、犯人と対峙することになる。収録作のうち、最初の「使命」はこうした対決のお話だ。続く「神の手」は手に汗を握るサスペンス。巻末の「導きの道」はシリーズ中の重要作で、作品世界を大きく変化させるような急展開がある。まさかこうくるとは、という驚きつきだ。
本シリーズが成功した最大の要因は泉目吉という人物の魅力にある。時代小説の主人公が現代に生きているというアナクロニズムが読者を惹きつけるのだ。時にそれは鋭い文明批評になるし、たまらないユーモアを生み出すこともある(目吉が『水戸黄門』を観るというギャグが可笑しい。江戸時代の人があれを観たらどう感じるんだろう)。今後の作品では、転生の秘密など、彼を巡る謎がようやく解明されることになりそうだ。困ったもので、次回作がまたまた待ち遠しくなってしまいそうなのである。
ALL REVIEWSをフォローする




































