書評

『球形時間』(新潮社)

  • 2019/12/26
球形時間 / 多和田 葉子
球形時間
  • 著者:多和田 葉子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(171ページ)
  • ISBN-10:410436102X
  • ISBN-13:978-4104361021
内容紹介:
鋭くも愚かしくも聞こえる問いをつねに発している高校生サヤは、ある日の放課後、喫茶店で謎のイギリス女性と出会ってひきつけられる。クラスメートのカツオは、フィリピン人の混血少年と性関係をもちつつも、太陽を崇拝する青年への興味を抑えられない。あっちへこっちへと転がりながら、はからずも核心へと向かってゆく少女と少年の日常を描く、愉快かつ挑戦的な最新長篇。
他者と関係を結ぶのがかったるい。表層的に友達のふりをしてるのが楽だし、実際平和。若い世代だけじゃないと思う、そんな風に感じてるのは。この小説に登場する人物もそう。それぞれがガラス球の中にいて、自分を壊してまで相手と混じり合おうという意図は、ほとんど感じられないのだ。

たとえば、高校生のカツオ。小説の終わりのほうで、壁から腕が抜けなくなったクラスメートのサヤや壁に埋まってしまった恋人のマックンを幻視するシーンがあるのだが、助けを呼ぼうとしたカツオはふと考えるのだ。こんなヘンなやつらと「いっしょくたにされたり、犯人にされたりするのはごめんだ。とりあえず、他人のふりをしておけばいいだろう」って。この「とりあえず」って感じが、自分と他者をつなぐ現在のリアルな接続詞なんだと思う。

そういったコミュニケーション不全の問題を端緒に、「文明と野蛮」「正常と異常」など、人間関係を分断してしまう対立線の不毛をこの小説は描いている。でも、まるで救いがないわけじゃない。老女イザベラとサヤとの時空を超えた出会いが、その好例だ。昔の日本を馬で旅したイザベラの冒険譚を聞いて、サヤは自分もまた遠くの国に行きたいと願う。そして、気づくのだ。

「もし、外国から来た人が見たら、そこの焼き芋屋も、野蛮に見えるかもしれない。電気がないから石で焼いているのだと思うかも知れない」と。不毛な対立線は、サヤがこの一瞬に獲得した、別の角度から見る視点によって乗り越えられるのだと、作者はさりげなく提示している。これはガラスの球に映し出された像のように歪(ゆが)んだ物語ではあるけれど、そのひずみはたくさんの大切なことを伝えてくれているのだ。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

球形時間 / 多和田 葉子
球形時間
  • 著者:多和田 葉子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(171ページ)
  • ISBN-10:410436102X
  • ISBN-13:978-4104361021
内容紹介:
鋭くも愚かしくも聞こえる問いをつねに発している高校生サヤは、ある日の放課後、喫茶店で謎のイギリス女性と出会ってひきつけられる。クラスメートのカツオは、フィリピン人の混血少年と性関係をもちつつも、太陽を崇拝する青年への興味を抑えられない。あっちへこっちへと転がりながら、はからずも核心へと向かってゆく少女と少年の日常を描く、愉快かつ挑戦的な最新長篇。

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初出メディア

婦人公論

婦人公論 2002年9月22日

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