書評

『昭和天皇独白録』(文藝春秋)

  • 2019/04/12
昭和天皇独白録 / 寺崎 英成,マリコ・テラサキ・ミラー
昭和天皇独白録
  • 著者:寺崎 英成,マリコ・テラサキ・ミラー
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(262ページ)
  • 発売日:1995-07-07
  • ISBN-10:4167198037
  • ISBN-13:978-4167198039
内容紹介:
雑誌文藝春秋が発掘、掲載して内外に一大反響をまきおこした昭和天皇最後の第一級資料ついに文庫化。天皇が自ら語った昭和史の瞬間。〈解説座談会〉伊藤隆・児島襄・秦郁彦・半藤一利

誰のための独白録か

昨年(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1991年)の「文芸春秋」十二月号に載せられて大きな話題をまいた「昭和天皇独白録」が単行本として出版された。

独白録を所持していた寺崎英成の宮内庁御用掛時代の日記、および英成の子のマリコが父への愛情を込めて書いた手記もあわせて載っており、価値はいっそう高まった。ただ自筆原稿の写真が少なく一点しかないことは、史料の性格が問題になっているだけに残念である。

改めて読んで一級の史料であることを確信したが、雑誌に載った時点では、昭和天皇の近臣に対する歯に衣着せぬ評価が話題をさらったものだ。

松岡は二月の末に独乙に向ひ四月に帰つて来たが、それからは別人の様に非常な独逸びいきになつた、恐らくは「ヒトラー」に買収でもされたのではないかと思はれる。

これは外務大臣松岡洋右に対する天皇の評価である。これでは一生懸命に天皇に尽くしたのに浮かばれない、という遺族の声も聞こえてきそうだが、このような肉声が一人称で記されていることに驚いたものである。

次いで戦争続行が不可能となった理由を、「かゝる状況でどうして帝都が守れるか」と、皇居のある帝都の防衛が不可能となったという認識に求め、さらに敵が伊勢湾に上陸すれば、伊勢・熱田両神宮が敵の制圧下に入って神器が移動できなくなり、国体護持が難しくなることをあげた点も注目を集めた。やはり国体の護持が最大の課題だったのかと。

こうして最初は主として天皇の肉声に注目が集まったのだが、湾岸戦争を経てからは、参謀本部からの詳しい戦況報告を聞きながら、軍事行動に意見を述べる天皇の姿が改めてクローズアップされてこよう。

私は参謀本部や軍令部の意見と違ひ、一度「レイテ」で叩いて、米がひるんだならば、妥協の余地を発見出来るのではないかと思ひ、「レイテ」決戦に賛成した。

独白録は全体としては戦争の幾つかの局面で、やむをえず戦争を続行することになってしまったことを述べているのだが、そこに戦争指導に深くかかわっていた天皇を見いだす。

現代史研究者のシンポジウムの成果である「徹底検証・昭和天皇『独白録』」は、そうした天皇の戦争責任を厳しく追及する。著者たちは、最近になって次々に公開された史料と突き合わせながら、独白録の史料的意義を追求し、天皇が述べようとしたことや、意識的に落とした事実、作成にかかわった「五人の会」や、所持していた寺崎の役割などについて問題点を洗い出して、討論を行っている。

平和主義者とか、立憲君主制論者とか、これまでいわれてきた天皇のイメージは全く違うのだ。天皇は実質的に長期間にわたって、戦争を指導してきたのであり、その戦争責任を負う必要があった。それなのに、この独白録ではひたすら弁明につとめている。国民に対する責任や、侵略された国々の人々に対する責任を全く自覚していないのは大変な問題であると主張している。

その主張は明快であり、多くの問題点もだされていて有意義だが、もう少し独白録の成立事情と記録全体の性格や構造の分析が必要とされよう。

例えば、独白録は昭和二十一年六月一日に作成されたとあり、稲田周一内記部長が作成して「近衛公日記及迫水(さこみず)久常の手記は本篇を読む上に必要なりと思ひ之を添付す」と記されている。この本篇を読むのは誰と想定されていたのか。寺崎の日記を見ると、六月六日に「御会見録原稿しあげる」とある。独白録とこの「御会見録」に関係はないのか。

その一週間後に心臓発作で寺崎は倒れており、この間の日記の記事はないが、「御会見録」はどう処理されたのであろうか。

また独白録では、天皇が「私」と述べているのが印象的で、「こんな云ひ方をしたのは、私の若気の至りであると今は考へてゐるが」といった表現からは、果たして天皇自身がこう喋ったのか、疑問に思う。しかも内記部長がこれを作成したというから、なおのことであろう。「余」ではないのか。

あるいは普通の日本語では語り手の主語は必要はなく、ただ「若気の至り」だけでも済む筈ではないか。こうした文章で咄嗟に浮かぶのは供述書か、英文に翻訳するための下原稿であるが、この点はどうだろうか。

さらに独白録全体は、「大東亜戦争の遠因」の序があって、敗戦の秘話が語られ、「結論」が述べられる構造となっている。一貫して、閣議決定に対して意見はいうが、「ベトー」(拒否)はしなかったというのが主張の骨格である。

その主張にあわせて、話のテーマも取捨選択されている筈であるから、さらに作成の状況を再現するなどして全体の流れを天皇の立場において詰めてみる必要がありそうだ。

独白録は、人間・昭和天皇を浮き彫りにした、またとない史料であり、その検証は今後も続けられてゆかなくてはなるまい。
昭和天皇独白録 / 寺崎 英成,マリコ・テラサキ・ミラー
昭和天皇独白録
  • 著者:寺崎 英成,マリコ・テラサキ・ミラー
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(262ページ)
  • 発売日:1995-07-07
  • ISBN-10:4167198037
  • ISBN-13:978-4167198039
内容紹介:
雑誌文藝春秋が発掘、掲載して内外に一大反響をまきおこした昭和天皇最後の第一級資料ついに文庫化。天皇が自ら語った昭和史の瞬間。〈解説座談会〉伊藤隆・児島襄・秦郁彦・半藤一利

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

文藝春秋

文藝春秋 1991年4月12日

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
五味 文彦の書評/解説/選評
ページトップへ