書評

『映画はやくざなり』(新潮社)

  • 2017/07/04
映画はやくざなり / 笠原 和夫
映画はやくざなり
  • 著者:笠原 和夫
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(223ページ)
  • 発売日:2003-06-01
  • ISBN-10:4104609013
  • ISBN-13:978-4104609017
90年代初頭、まだ新人映画監督であった北野武が『あの夏、いちばん静かな海。』を撮ったとき、まるで脚本の書き方がなってないと、11か条にわたってそれを具体的に批判した人物がいた。主人公は最初の登場で芝居が引立つようでなくてはいけない。なのに彼らが聾唖者であることすら、フィルムの中ほどにならないとわからない。映画には敵役がいる。なのにそれが明確に描かれていない。映画にはヤマ場が付き物だ。なのにそれがわからない……。要するに北野の作品には、強烈なドラマを強烈に見せるだけの配慮がないという論法である。

書いた人は笠原和夫。東映でひばりの時代劇から出発し、仁侠映画、実録路線、そして『二百三高地』や『大日本帝国』といった戦争大作の脚本をプロフェッショナルに書き続けてきた映画人である。わたしはこの批判がスゴイと思った。映画批評不在のおりに、一本の作品をめぐってかくも執拗に批判を展開する笠原に、驚いたのである、笠原は2002年に75歳で没したが、遺著である本書を読むと、このときの批判の背後に、実は日本映画の制作体制の決定的な変化が横たわっていたことがわかる。要するに映画全盛時代に大会社のなかで、次から次へとヒット作の脚本を書いていた笠原と、ひとたび大衆娯楽としての映画が凋落した後で、なんとか「作家」の映画を日本に確立したいと思う北野の、ドラマというものに寄せる期待と諦念とが、二人の作劇術の違いとなって現われてきたのである。時代錯誤と呼ばれることを恐れず、自分の信念を頑強に吐露する笠原に、わたしはある感動を味わった。

味わい深い話がいくらでも書かれている。

笠原は1970年代中ごろ、沖縄「復帰」の結果生じた、内地と現地のヤクザどうしの壮絶な抗争を素材に大作を準備していたが、沖縄の興行主の一人が物語に深く関わっていると判明し、慌てて企画をキャンセルして、別の物語に置き換えたという挿話が語られている。こうした回想を聞くと、今更ながらに日本映画が制作と興行の二つの面において、ヤクザと密接な関係にあった事実が浮かび上がってくる。後に大映の名物プロデューサーとなる永田雅一が、若い頃に社会主義にかぶれ、京都の千本組の博徒であったり、東映の任侠映画路線がジャンルとして成立する背後に、ヤクザを日常的によく見知っているスタッフの助言が響いていたり、両者が切っても切れない関係にあったことを見据えてこそ、日本映画史は書かれるべきであろう。ヤコブ・ラズの『ヤクザの文化人類学』(岩波書店)によれば、ヤクザがヤクザを知るもっとも重要な情報源は実はヤクザ映画であり、年少者はヤクザ映画に憧れてこの「職業」の門を叩くことが多いという。

ヤクザの文化人類学―ウラから見た日本  / ヤコブ ラズ
ヤクザの文化人類学―ウラから見た日本
  • 著者:ヤコブ ラズ
  • 翻訳:高井 宏子
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(385ページ)
  • 発売日:2002-07-16
  • ISBN-10:4006030657
  • ISBN-13:978-4006030650
内容紹介:
ヤクザの世界はどんな構造をもっているだろうか。親分の信頼を得て、テキヤ組織の内側に研究者として入ることを許されたイスラエルの文化人類学者が、五年間のフィールドワークを通して、カタギには見せないヤクザ集団の実態、個々の人物像を鮮やかに描き出した。現代日本人の姿を裏から照射した画期的日本文化論。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。


本書はその老練な脚本家による自伝である。『仁義なき』シリーズが終わったあと、『実録共産党』と『昭和天皇』の想を練っていたが、共産党と宮内庁に反対されて駄目になったとか、ともかく映画は実現されたもの以上に、されなかったものに、制作側の志の高さがわかるものだ。懐メロとしてではなく、生涯を現役で通した熱血漢の物語として読んでいただきたい。

【この書評が収録されている書籍】
人間を守る読書  / 四方田 犬彦
人間を守る読書
  • 著者:四方田 犬彦
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:新書(321ページ)
  • 発売日:2007-09-00
  • ISBN-10:4166605925
  • ISBN-13:978-4166605927
内容紹介:
古典からサブカルチャーまで、今日の日本人にとってヴィヴィッドであるべき書物約155冊を紹介。「決して情報に還元されることのない思考」のすばらしさを読者に提案する。

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映画はやくざなり / 笠原 和夫
映画はやくざなり
  • 著者:笠原 和夫
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(223ページ)
  • 発売日:2003-06-01
  • ISBN-10:4104609013
  • ISBN-13:978-4104609017

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初出メディア

週刊ポスト

週刊ポスト 2003年8月8日

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