書評

『帝国の銀幕―十五年戦争と日本映画』(名古屋大学出版会)

  • 2019/06/23
帝国の銀幕―十五年戦争と日本映画 / ピーター・B. ハーイ
帝国の銀幕―十五年戦争と日本映画
  • 著者:ピーター・B. ハーイ
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(513ページ)
  • 発売日:1995-08-15
  • ISBN:4815802637
内容紹介:
戦時下、人々は映画に何を見たのか。プロパガンダ映画の発展を通して、「大日本帝国」の戦争と社会を鮮やかに描き出す-時代そのものが語る統制下の映画産業と創造性のあり方。

映画界の戦争とのかかわり

本書は二段組みで五百ページ近い分厚さ、しかも学術論文だから読みにくいと思われるかもしれないが、決してそうではない。著者に限らずアメリカの学者の現代史の描き方はノンフィクションの方法論を採用している。実証性が強く要求されるので、誤魔化(ごまか)しが利かない。僕にとってライヴァルであり同志であるのは日本の学者でなく彼らだ。じつに丹念に取材し、資料を集める。分析も的確である。本書はそのひとつの典型だろう。

満州事変から終戦まで、日本映画界がどのような形で戦争体制に巻き込まれ、あるいは進んで戦争に協力をしてきたか、ということがテーマである。満州事変の第一報はNHKのラジオだった。新聞が新しいメディアに遅れを取りはじめたのはこのころからである。だがラジオは聴覚にすぎず、新聞は前線から送られた写真を号外で報じ、センセーショナルに視覚のニーズを満たす競争へ走った。ラジオ、新聞、その混戦の一翼に新興の映画産業が加わった。ヒトラーの宣伝相ゲッベルスではないが戦時下の日本でも映画の果たす役割の大きさがしだいに当局に認知されていったのである。

監督、脚本家、カメラマンなどの映画人は初めから当局に迎合したわけではない。だが戦争を主題にした映画はこの時代、避けて通れなかった。芸術表現としての戦争映画、ドキュメンタリー手法を用いた戦争映画、商業主義で売らんかなの戦争映画。結局は当局の統制下でプロパガンダとしての戦争映画へと集約された。溝口健二や小津安二郎など一流の監督もこうした現実の前で苦吟した。

戦後の映画業界においては、戦争責任の問題はうやむやにされた。問題はどの監督がどうであったかということではない。「どのような経過をへて、正義と人間性に対する正常な感覚を備えた才能ある個人が、全体主義体制の積極的な支持にまわるようになったのか」と問うことだ。それを探れば、戦前と通底する戦後のシステムが見えてくるはずだから、という著者の指摘に僕は同意する。
帝国の銀幕―十五年戦争と日本映画 / ピーター・B. ハーイ
帝国の銀幕―十五年戦争と日本映画
  • 著者:ピーター・B. ハーイ
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(513ページ)
  • 発売日:1995-08-15
  • ISBN:4815802637
内容紹介:
戦時下、人々は映画に何を見たのか。プロパガンダ映画の発展を通して、「大日本帝国」の戦争と社会を鮮やかに描き出す-時代そのものが語る統制下の映画産業と創造性のあり方。

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 1995年9月10日

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