書評
『現代遺跡・現代風俗〈’91〉』(リブロポート)
未来より身近な過去に刺激される時代
とにかく今の若いモンときたら、まことにうらやましい。戦後生まれで四十なかばのオイラだって“青春を返せ!”だ(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆年は1991年)。冬はスキー、夏はテニス、そして年中レストラン。こういう楽しい日々を八五%くらいの連中が送っている。しかし、残りの一五%は、おそらく知性が余分にあったり、人生への漠とした疑いがあったりで、楽しい消費の日々にうつつを抜かしきれなくて、何か別のものを求めている。僕の観察によれば、一五%のうち五%はニュー宗教に走っているはず。さて、ここで問題なのは、楽しい日々を送るにはややネが暗すぎるし、宗教に走るには知性が邪魔する残りの一〇%の動向である。
この一〇%の動向に僕としては興味があるのだが、そのうちさらに何パーセントかの部分は“役に立たなくなったもの”にいたく魅せられているようだ。
役に立たなくなったもの、の最大のものは古代都市の廃墟なんかだが、どうもそういう廃墟趣味とはちがう。かつて芸術家や建築家がローマの廃墟に心うたれたりインスピレーションを得たりしたような役に立つ大過去の廃墟への関心ではなくて、もっとどうでもいいというか小過去の廃墟への好奇心である。
一枚の左の写真を見てほしい。京都市下京区で昨年写されたもので、『現代遺跡・現代風俗'91』(リブロポート)の口絵の一つに使われているのだが、これを見て何か感じるかニヤリとするかしたら、その人はこの本の良い読者になれる。別に何ともなかったら、僕としてはあと何と続けたらいいのか困ってしまうが、とにかくそういう身近で役に立たなくなったものへの好奇心が若い人々の一部にあり、そうした好奇心が寄り集まってこの本は作られた。
テーマは小過去の中のゴールデンエイジとでもいうべき時期、すなわち、かの大阪万博と東京オリンピックに絞られ、関連の遺跡が発掘されている。
大阪万博では、今も立っている“太陽の塔”の内部の探訪記と作者の岡本太郎インタビューが面白い。なんでも、制作中は“太郎の塔”と通称されていたのに、それでは困るという事務局の要請で郎を陽に変えたのだというし、あの印象深く凹形の顔はお鍋のフタを試作品に取り付けたところからきたのだという。
各国のパビリオンがその後どうなったのかの調査も面白くて、アイルランド館は長野県諏訪市の赤沼の地に運ばれ、国道20号沿いに書店(小生の記憶ではレストランか何かだったが)として再利用されている、などなどけっこう万博パビリオンはしぶとい。
東京オリンピックについては、マラソンコースの発掘がなされているが、当時テレビ中継され、円谷の力走に拍手を送ったのに、意外にもそのフィルムがわずか十五分ぶんを除いてどこにも保存されておらず、当時の町並みの風景のうち今も残るものの確認はできなかったという。
以上の二大遺跡のほかでは、ボウリング場のその後、NHK大河ドラマの舞台となった地域のその後、動く現代遺跡・ジャイアント馬場についての考察が目をひく。
こうした現代遺跡への関心をもう少し広げて、身近な過去への関心と言い換えてみるなら、けっこう根が深い現象であることが分かる。たとえば、映画の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」もそれだったし、テレビの「カノッサの屈辱」もそれに近い。
未来よりも身近な過去の方が知的に刺激される、という事態がある。
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