『世界の古書店』(丸善)

海外で一定額以上の買い物をしてくれば、税関で税金をかけられることはだれでも知っている。だが、一つだけ、いくら高くても税金のかからないものがある。

それは、古書だ。グーテンベルクの聖書だろうと、本として装丁してあれば、税金はかからない。そのかわり、高額の洋古書を買いたいからといって銀行に融資を申し込んでも絶対に受け付けてもらえない。要するに、洋古書というのは、買った本人にとってしか価値をもたない、財産価値も担保価値も全くないゴミに等しいのである。

だが、世の中には風変わりな人種がいて、高い旅費を使って、このゴミを海外まで買いに出かける人がいる。そして、掘出し物をしたとか、大魚を逸したとかいって、一喜一憂している。本書は、こうした一般人には理解し得ない情熱の報告書である。

なかでも興味をそそられたのは、逢坂剛氏の紹介しているイギリスの古書の町、ヘイ・オン・ワイである。この町は、ロンドンから二百キロも離れた山間の寒村で、電車も通っていないが、なんと、十四軒も古書店が固まっているという。三十年ほど前に、リチャード・ブースなる人物が突然この町で古書店を開業し、町の住民に呼びかけて町のあちこちに古書店を開業させたのだそうだ（ALL REVIEWS事務局注：本書評執筆年は1994年）。そして町の存在をヨーロッパやアメリカに宣伝したところ、古書のためとあらば千里を遠しとしない古書マニアがわざわざ車で駆けつけ、町興しに見事に成功したのだという。

これなど、どんな場所に旅しても「もしかして幻の本が」と、古書店があれば覗（のぞ）いてみないと気がすまない古書マニアの心理をついた巧みな商法というほかない。

反対に、中世以来の大学都市ケンブリッジに十数軒固まっていた由緒ある古書店が、大学に対するサッチャー政権の財政抑制政策の結果、見る影もなく衰退し、僅（わず）か数軒に激減しているという川成洋氏の報告には胸がいたむ。

古書店の数が減っている事実は多くの執筆者が指摘している。ヨーロッパの大都市では、地価や家賃が上がりすぎて、古書店のような上がりの少ない商売はやっていけなくなっているらしい。これが、西欧の没落の兆候でなければいいが。去年（こぞ）の古書店、いずくにありや。うかうかしていると、私が知っているパリの古書店も、同じ運命をたどるかもしれない。世界の古書店を訪れるなら、いまのうちである。

英米仏独などの古書の伝統のある国以外にも、ハワイ、オーストラリア、アルゼンチン、スウェーデンなどといった一般にはなじみのない国の古書店も、いかにもその国らしいエピソードをまじえながら紹介されている。まさに「文明のあるところに古書店あり」だが、むしろここは「古書店あるところに文明あり」と言い換えてみたい。

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