書評

『十八世紀パリ生活誌―タブロー・ド・パリ〈上〉』(岩波書店)

  • 2023/10/15
十八世紀パリ生活誌―タブロー・ド・パリ〈上〉 / ルイ=セバスチャン・メルシエ
十八世紀パリ生活誌―タブロー・ド・パリ〈上〉
  • 著者:ルイ=セバスチャン・メルシエ
  • 翻訳:原 宏
  • 編集:原 宏
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(456ページ)
  • 発売日:1989-06-16
  • ISBN-10:4003345517
  • ISBN-13:978-4003345511
内容紹介:
200年前のパリの臭を嗅ぎ、ぬかるみを疾駆する馬車の騒音や、物売りの声に身をつつまれるまさにそんな思いに読者を引きこむのがこの一書。革命前夜のパリの街を隅なく歩きまわった作家メルシエ(1740‐1814)が、大都市に生きる人々姿をヴィヴィッドに描きだした貴重な記録。本邦初訳。収録図版多数。
待望久しい、古典的名著の翻訳である。アナール派史学の登場以来、ルイ=セバスチャン・メルシエのこの著作は、フランス革命と近代社会史研究の必読文献として、しばしば引用されてきたが、部分訳であるとはいえ今回こうして日本語で全貌(ぜんぼう)に近い姿に接してみると、あらためてその重要さを実感せざるをえない。社会学的統計をいくら列挙されてもアンシャン・レジーム末期の危機的状況を想像裏に描くことのできない歴史音痴でも、富の極端な偏りを葡萄酒(ぶどうしゅ)価格や家賃の中に見抜くメルシエの卓抜な描写を読めば、一七八九年のバスチーユ襲撃は歴史的必然であったのかという思いにかられるはずである。結局のところ、十八・十九世紀の社会史研究は、すべてこの『タブロー・ド・パリ』の要約だと言ってもさほど言い過ぎではあるまい。

ところで今日の我々からすると、メルシエが取り上げている当時のパリのタブローはいかにも異様な突出した現象ばかりを記録したもののように思えるかもしれないが、メルシエが描き出す驚くべき現実は、どれも同時代の人間にとってはごく当たり前のことと映っていた事象にすぎない。メルシエの偉大な点は、同時代の感受性が当然のことと受け取っていた社会の歪(ひず)みを、自己のボン・サンスのみに依拠して、「これは当然なことではない」と看破した点にある。ひとことで言えば、メルシエはジャーナリストという言葉が生まれる以前に最も良質なジャーナリストとしての仕事を残したわけであるが、フランス革命から二百年たった今日、はたして我々はメルシエに匹敵するようなジャーナリストをひとりでも持っているだろうか。

なお訳文はメルシエのたたみかけるような小気味よい文体をよく生かしきった明快なものだが、書評子はそれ以上には膨大な原著から過不足なく目配りのきいた抜粋をおこなった訳者の労を多しとしたい。この作業は、しんどい割りに評価されることのまことに少ないものだから。

【この書評が収録されている書籍】
歴史の風 書物の帆  / 鹿島 茂
歴史の風 書物の帆
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:小学館
  • 装丁:文庫(368ページ)
  • 発売日:2009-06-05
  • ISBN-10:4094084010
  • ISBN-13:978-4094084016
内容紹介:
作家、仏文学者、大学教授と多彩な顔を持ち、稀代の古書コレクターとしても名高い著者による、「読むこと」への愛に満ちた書評集。全七章は「好奇心全開、文化史の競演」「至福の瞬間、伝記・… もっと読む
作家、仏文学者、大学教授と多彩な顔を持ち、稀代の古書コレクターとしても名高い著者による、「読むこと」への愛に満ちた書評集。全七章は「好奇心全開、文化史の競演」「至福の瞬間、伝記・自伝・旅行記」「パリのアウラ」他、各ジャンルごとに構成され、専門分野であるフランス関連書籍はもとより、歴史、哲学、文化など、多岐にわたる分野を自在に横断、読書の美味を味わい尽くす。圧倒的な知の埋蔵量を感じさせながらも、ユーモアあふれる達意の文章で綴られた読書人待望の一冊。文庫版特別企画として巻末にインタビュー「おたくの穴」を収録した。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

十八世紀パリ生活誌―タブロー・ド・パリ〈上〉 / ルイ=セバスチャン・メルシエ
十八世紀パリ生活誌―タブロー・ド・パリ〈上〉
  • 著者:ルイ=セバスチャン・メルシエ
  • 翻訳:原 宏
  • 編集:原 宏
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(456ページ)
  • 発売日:1989-06-16
  • ISBN-10:4003345517
  • ISBN-13:978-4003345511
内容紹介:
200年前のパリの臭を嗅ぎ、ぬかるみを疾駆する馬車の騒音や、物売りの声に身をつつまれるまさにそんな思いに読者を引きこむのがこの一書。革命前夜のパリの街を隅なく歩きまわった作家メルシエ(1740‐1814)が、大都市に生きる人々姿をヴィヴィッドに描きだした貴重な記録。本邦初訳。収録図版多数。

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初出メディア

週刊読書人

週刊読書人 1989年8月21日

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