後書き

『エネルギーの人類史 上』(青土社)

  • 2019/04/30
エネルギーの人類史 上 / バーツラフ・シュミル
エネルギーの人類史 上
  • 著者:バーツラフ・シュミル
  • 翻訳:塩原 通緒
  • 出版社:青土社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(376ページ)
  • 発売日:2019-03-25
  • ISBN:4791771532
内容紹介:
この一万年のあいだ、エネルギーを熱、光、運動へと変換する方法でのイノベーションが、文化的、経済的発展の原動力となってきた。人類の歴史は、権力闘争以上に、エネルギーのイノベーションの物語なのである。――ビル・ゲイツ
私たちの生活は、エネルギーなしでは成り立たない。というより、生命そのものが、エネルギーなしでは存在しえない。太陽の光エネルギーが植物の光合成によって化学エネルギーに変換され、そのエネルギーが食物連鎖を通じて移動して、動物の生きる糧となっているのである。しかしながら、この生物界全体の中で、自分の体内に取り込まれたエネルギーのみならず、体の外にあるエネルギーまでもを体系的に利用することができるのは、私たち人間という種だけだ。エネルギー利用技術の発達とともに文明を進化させてきたのが人類の歴史だ、と言われるゆえんである。

そのような人類とエネルギーとの長いかかわりを、先史時代から現代まで、さまざまな学問分野を横断しながら包括的に論じているのが本書である。著者のバーツラフ・シュミルは、学際的なエネルギー研究の分野では当代きっての影響力ある著述家のひとりで、ビル・ゲイツのお気に入りの著者であることでも知られる。シュミルの過去の著作もたびたびゲイツに紹介されているが、本書もゲイツの二〇一七年の推薦図書五冊の中に選ばれている。本書をとりあげた二〇一七年一二月四日のブログから、少し引用しよう(https://www.gatesnotes.com/Books/Energy-and-Civilization)。

私はバーツラフ・シュミルのファンだ。……彼が書いた三七冊の本はほとんどすべて読んでいる。私は人々が『スター・ウォーズ』の次回作を待つのと同じように、シュミルの新刊を待つ。……

私がシュミルの本を読むのは、彼が深さと広さの両方を提示してくれる稀有な人だからだ。学術界出身の多くの著述家は、自分が何年も研究してきた問題を深く掘り下げることなら得意だが、多くの異なる研究分野の洞察を一本に撚り合わせるようなことは普通しない。一方、ジャーナリズム出身のすばらしい著述家の多くは、その反対だ。全体像はみごとに描き出すけれども、細部はさほど綿密に記述しない。シュミルはその両方を、同じぐらい手際よくやってくれるのだ。この最新作でも、シュミルはいつものように、深く、広く、説明してくれている̶̶過去一万年にわたって、エネルギーを熱や光や運動に変える人間の能力のイノベーションが、いかに人類の文化や経済の進歩を推進する力になってきたかを。……

たしかにゲイツの言うとおり、本書の内容はじつに幅広く、かつ綿密である。それは本書の膨大なページ数にもあらわれている。これを読んだあとではもはや「エネルギー」という単語をおいそれとは使えなくなるほど、この一語に結びつけられている情報量は圧倒的だ。なにしろシュミル自身の研究分野がエネルギーから環境問題、食糧問題、人口問題、政治、経済、歴史と多岐にわたるうえ、本書に使用されている文献の数も種類も半端ではない。ありとあらゆるデータや学説が整理されて提示されているとはいえ、先史時代の考古学研究や人類学研究での「エネルギー」から、栄養学での「エネルギー」、近代物理学での「エネルギー」、そして現代の資源問題としての「エネルギー」まで、あらゆる文脈でのエネルギーを正確に把握するのはなかなかにたいへんなことである。それでも次から次へと出てくる話のひとつひとつがまことに興味深いため(二足歩行と四足歩行の違い、馬具の進化、古代のトレッドミル、ピラミッドの作り方、水車と風車、帆船の帆の形状、ワットやエジソンの逸話、自転車や自動車や飛行機の開発史、化石燃料の利用と大気汚染、電気の普及と都市化)、無味乾燥な学術書を読まされている気にはならないだろう。それらの詳細な事例から、人間がどのようにエネルギーとかかわって進化し、狩猟採集生活から農耕生活へと移行し、複雑な社会を築き、高度な文明を発達させ、産業化を果たし、経済を活性化させていったかが見えてくる。そして人間はその過程で、ますます大量のエネルギーをますます効率よく使うようになっていったのである。

大量のエネルギーを効率よく使えるようになったということは、ひもじくなくなり、寒くなくなり、疲れる肉体労働が少なくなったということだが、そうしたよい面の裏には、よからぬ面もある。現代では化石燃料の使用による二酸化炭素排出が大きな問題になっているが、過去にバイオマス燃料を使っていたときにも、人間は見境なく木材を使いすぎて森林破壊を引き起こしたのである。また、そのような大量エネルギー消費ができているのも、全世界で見れば、まだ一部に限られている。世界中の人間が現在の先進国と同様の快適な暮らしができるようになったとき、はたして環境への影響はいかほどのものになっているだろう。快適さを追求しすぎて居住可能な環境を失ったのでは元も子もないが、だからといって、いまさら原始時代に戻れるわけもなく、不便な暮らしをしている人たちがずっとそのままでいていいわけもない。現在では徐々に再生可能エネルギーへの移行も始まっているが、そうやすやすと進むものではなく、その理由は本書でも述べられているとおりである。

本書の大半を占めるのは過去のエネルギー移行についての詳述だが、それは今後のエネルギー問題を考えるにあたって非常に有益な示唆を与えてくれる。化石燃料が枯渇の危機にあるというよく聞く説が、じつは誤りであることもわかるだろう。原子力発電の是非も含め、将来のエネルギー資源についての判断をするには第一に正確な知識を得ることが大事なのだろうと考えさせられる。

そして未来に向けて、本書に通底するエネルギー「決定論」への懐疑はとくに重要だ。つまり、エネルギーが人類の歴史を決定しているわけではないということである。エネルギーに関する大量のデータを示したうえで、シュミルはエネルギーを歴史の主要な説明要因として見るべきではないと主張する。エネルギーがあらゆる生物にとって不可欠なのは事実でも、エネルギーが生物の存在を説明できるわけではない。したがって、人間の社会のような複雑なものの発達をすべてエネルギーで説明できると考えるのも適切ではない、というのである。その観点から、シュミルは現代文明の未来に希望を見る。エネルギー基盤の弱まりが文明の崩壊を導くとは決まっておらず、使えるエネルギーの多さが高度文明を約束すると決まっているわけでもないのなら、人類はやりかたしだいで、エネルギーの使いすぎによる致命的な環境破壊を引き起こしたりせず、それでいて高度な文明を平等に長く持続させられるかもしれないのだ。もちろん、過度な楽観に根拠はない。ただ、過度な悲観にも根拠はない。シュミルはわかりやすい結論や未来予測をいっさい排しているが、これから人類が「挑戦」すべきことは本書の最後の一文にはっきりと提示されている。

[書き手]塩原通緒(翻訳家)
エネルギーの人類史 上 / バーツラフ・シュミル
エネルギーの人類史 上
  • 著者:バーツラフ・シュミル
  • 翻訳:塩原 通緒
  • 出版社:青土社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(376ページ)
  • 発売日:2019-03-25
  • ISBN:4791771532
内容紹介:
この一万年のあいだ、エネルギーを熱、光、運動へと変換する方法でのイノベーションが、文化的、経済的発展の原動力となってきた。人類の歴史は、権力闘争以上に、エネルギーのイノベーションの物語なのである。――ビル・ゲイツ

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