書評

『パパといっしょに』(マドラ出版)

  • 2020/08/23
パパといっしょに / 川崎 徹
パパといっしょに
  • 著者:川崎 徹
  • 出版社:マドラ出版
  • 装丁:単行本(0ページ)
  • 発売日:1997-12-00
  • ISBN-10:4944079133
  • ISBN-13:978-4944079131
内容紹介:
CMディレクター・川崎徹の初の絵本。パパと海にいった。埋まってみるか。もっと埋まるか。うん。大丈夫か。苦しいよ。パパとぼくの愛と涙と笑いの物語。

なにかをいう、ということ

横浜までルイーズ・ブルジョアというおばあさんの展覧会を見にいった。

現代美術だ。たいへん有名な女性らしいが、わたしはまったく知らない。

会場には、彫刻やブロンズ像やインスタレーションがたくさん置いてある。インスタレーションなどという言葉、わたしは十年前まで知らなかった。早い話が巨大な置物である。

男性性器や女性性器や乳房をモチーフにしたらしいブロンズがある。ははんと思う。意外とわかりやすい人だったんだなあ、というような感慨が湧いてくる。

色をつけられた木が置いてある。タイトルは「盲人を導く盲人」。それから、やっぱり色つきの木がくし刺しになっている置物がある。タイトルは「無題」。あっ。無題だからタイトルはなしか。黒いタイルみたいな木がやっぱり積んである、と思ったら、ブロンズである。タイトルは「メムリングの夜明け」。現代美術界では有名な作品らしい。わたしを連れていってくれた人が「どうです?」といった。だから、わたしは、「これなら一つ、リビングに置いておくと可愛いかも」と正直に答えた。

その人は変な顔をした。

古い木製のドアで囲った空間に服が吊るしてあるインスタレーション。これも有名らしい。展覧会に連れていってくれた人が、また感想を訊ねた。

「高校の部室みたいだ。汚さの加減が」とわたしは答えた。

その人はまた困ったような顔をした。わたしも若干困った。もしかしたら、バカだと思われたかもしれない。現代美術に詳しいかあるいは美術的センスが若干でもあれば、もう少しなにかをいえるかもしれない。しかし、わたしは赤瀬川原平でも橋本治でもない。

だからといって、わたしはルイーズ・ブルジョアという人の作品に退屈したわけじゃない。たいへん面白かった。けれど、なかなか感想がいえない。こういう時、なにかをいうということはたいへん難しい。

小説や詩や評論なら、つまり本が相手の場合なら、それについてなにかをいうことは割と簡単だ。どうしてかというと、相手は言葉でなにかをいっているからで、誰だって言葉でなにかをいわれたら、言葉でなにかを返事することぐらいはできるのである。

これが美術となると、敵さんは形でなにかをいう。それが「いう」という行為なのかどうかも判然としない。現代美術となると、その形さえよくわからなくなってくる。返事のしようがないわけだ。

音楽もそう。相手が「歌ったり」「鳴ったり」していることはわかるが、なにをいってるのかとなると、わからないのが普通である。もちろん、小林秀雄のように、音楽を聞いても、人がなにかをいってるかの如く返事ができる達人もいる。しかし、ほんとにそのように聞こえたのだろうかねえ。

では、本なら誰だって返事はできるのか。川崎徹の『パパといっしょに』(マドラ出版)を読んでいると、それも疑わしくなってくる。

これは一応絵本である。でもって、パパはギュッギュッとでたらめに塗りつぶしたクレヨンの線のようなもので表され、ボクはあまりに小さくてよく見えないミトコンドリアのような線で表現される。その他にも登場人物(というか登場図柄)があり、物語のようなことが進行する。本と現代美術の中間領域あたりでなにかが起こっているらしい。それ以上説明をしろといわれても、わたしとしては辞退したい。「面白かった。終わり」の他になにもいいたくない時があったっていいのである。

【この書評が収録されている書籍】
退屈な読書 / 高橋 源一郎
退屈な読書
  • 著者:高橋 源一郎
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:単行本(253ページ)
  • 発売日:1999-03-00
  • ISBN-13:978-4022573759
内容紹介:
死んでもいい、本のためなら…。すべての本好きに贈る世界でいちばん過激な読書録。

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パパといっしょに / 川崎 徹
パパといっしょに
  • 著者:川崎 徹
  • 出版社:マドラ出版
  • 装丁:単行本(0ページ)
  • 発売日:1997-12-00
  • ISBN-10:4944079133
  • ISBN-13:978-4944079131
内容紹介:
CMディレクター・川崎徹の初の絵本。パパと海にいった。埋まってみるか。もっと埋まるか。うん。大丈夫か。苦しいよ。パパとぼくの愛と涙と笑いの物語。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1996年9月6日~1998年4月24日

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