書評

『小説家の饒舌』(メディア総合研究所)

  • 2021/09/20
小説家の饒舌 / 佐々木 敦
小説家の饒舌
  • 著者:佐々木 敦
  • 出版社:メディア総合研究所
  • 装丁:単行本(389ページ)
  • 発売日:2011-07-23
  • ISBN-10:4944124473
  • ISBN-13:978-4944124473
内容紹介:
小説家とは何をするのか?批評家と12人の現代作家による濃厚ライヴ・トークを完全再現。

「作家の声」を引き出す 連続トーク・イベントの「ほぼ完璧な再現」

批評家の佐々木敦が、ジュンク堂新宿店にて二〇〇九年一月から二〇一〇年五月にかけて行った作家を迎えての連続トーク・イベントの記録、それが本書である。新作発表に合わせて招かれた作家は計一二名で、一回のイベントはおよそ二時間。登場する作家は次のとおりである。

前田司郎、長嶋有、鹿島田真希、福永信、磯崎憲一郎、柴崎友香、戌井昭人、東浩紀、円城塔、桐野夏生、阿部和重、古川日出男

あとがきの「饒舌の中で」によると、本書はそのイベントの「完全書籍化」、その場で話されたことの「ほぼ完璧な再現」であるという。評者が足を運んだのは福永信の回だけだが、多少削られたところはあるものの、当日の流れはほぼ再現されているのではないかと思った。

「作家の声」をどう考えるかは意見の分かれるところだ。評論とか批評、ある種の文学研究の文脈では、作家という個人とか主体なんて関係ないねといってはばからないテクスト論が幅を利かせていたことからもわかるように、「作品」(正確には「テクスト」)が重視されるあまり「作家の声」はどちらかというと軽視されがちな傾向がある。逆に、伝記的文学研究では実証性を重んじるので書簡をはじめとする「作家の声」は貴重な一次資料だし、文学愛好者や熱心なファンにとっては神の声に等しかったりもするだろう。

「作家が神の小説なんかしょせんその程度」と古川日出男が語る回で佐々木が、作家に限らず今という時代は「見た目から言動から、出自から何から(…)商品価値として添付されてくる」といっているが、マーケット的には「声」はもとより「ルックス」や「キャラ」のほうこそがその「作家」の存在価値を決めている場合だってあるし、小谷野敦が先頃評伝を著わした久米正雄を極北に、「作品」はひとつも残っていないのに文学史には不可欠に刻まれており「声」ばかり呼び出される「作家」というのも少なからずいる。

文芸評論では「作品だけがすべて!」みたいな極端な話になることが多いわけだが、作品内だけじゃ解決のつかないことというのは確実にあるのであって、たとえば長嶋有は自作『ねたあとに』について、登場人物にはすべてモデルがあって「語り手だけが捏造なわけです」という。こんなことは「作家の声」に頼らねばわからない。「作品」を解釈するにあたり、「作家」という「作品外テクスト」も適宜参照するというのはごく普通の常識的な考え方に過ぎないと思うのだが、しかし文芸評論では、そんな当たり前のことをことさら「テクスト論破り」とか大仰に掲げる人がいて騒ぎになったりするのである。不思議な世界である。

佐々木敦はこの一連のトーク・イベントを「公開インタビューという方法による、れっきとした「文芸批評」なのである」と断言している。「オーラル・ヒストリー」の手法を文芸批評に持ち込んだ試みと解釈することもできるだろう。作家たちから「饒舌」を引き出すためには「質問と回答」にこだわらない「もっとごく普通の会話」がいいと佐々木はいう。そんな「ごく普通の会話」を成立させているものが、作家ごとにほぼ全作品を読み、「作品外テクスト」も踏まえている佐々木の厚い基盤であることはいうまでもない……といいたいところだが案外見落とされている気がする。一見するとただのインタビュー集に過ぎないけれど、「文芸誌オタク」を自認する佐々木でなければ不可能な仕事なのである。
小説家の饒舌 / 佐々木 敦
小説家の饒舌
  • 著者:佐々木 敦
  • 出版社:メディア総合研究所
  • 装丁:単行本(389ページ)
  • 発売日:2011-07-23
  • ISBN-10:4944124473
  • ISBN-13:978-4944124473
内容紹介:
小説家とは何をするのか?批評家と12人の現代作家による濃厚ライヴ・トークを完全再現。

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初出メディア

週刊読書人

週刊読書人 2011年9月30日

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