書評
『武士の娘』(筑摩書房)
評論家の櫻井よしこさんが絶賛されたおかげか、書店では目立つように平積みになっていた。
何しろタイトルが『武士の娘』(ちくま文庫)だし、著者は杉本鉞子という私には読めない名前の人である(あとでエツコと読むと知った)。きっと昔の立派な女の人の話なんだろうなと、ちょっと腰が引けた感じでパラパラと立ち読みしたのだが、数分後には「これはアタリだ」と直感した。
面白い。読み始めたら、もうとまらない。時代を超えたロングセラーになっているのも当然だと思った。
そもそも著者の経歴自体がほとんど「大河ロマン」。明治六年に元は新潟・長岡藩の家老だった人の娘として生まれ、若くして結婚のためにアメリカに渡る。相手は兄の親友で貿易商を営んでいた日本人。二児をもうけたものの、夫は数年後に急逝。収入の道は文章よりほかにないと、アメリカの雑誌や新聞に投稿を続け、一九二五年にはついに“A Daughter of the Samurai”と題する雑誌連載エッセーが単行本として発行され、七か国語に翻訳されるほどの好評を得る。実はこの『武士の娘』も英語で書かれたものを昭和四十二年に日本語に翻訳したものなのだった。
前半は雪国の武家の、後半はアメリカの中流家庭の暮らしのディテールが、しっかり描き込まれていて、おおいに興味を引く。サムライの娘らしく慎み深く行動しながら、生き生きとした好奇心と鋭い分析力を発揮して、実によく見ているのだ。
日本とアメリカの、東洋と西洋の、文化の根本にあるもの――そこで共通するものとしないものについて、具体的なかたちであれこれと気づかせてくれる。いわば比較文化論的な面白さにあふれている。
さらに、著者の「大河ロマン」的人生を彩るさまざまな人びと。その人物像がいい。著者の人格形成に最も大きな影響を与えたとおぼしき父親の、なんと魅力的なことだろう。関が原の戦い以来の名門武家の末裔らしく、死をも怖れない強さを持ちながら、冗談好きで、気さくで、やさしい男。もしかすると娘(著者)によって美化されているのかもしれないが、武士道にしても騎士道にしても、その理想像はこういう人物では?と思わせる。
「爺や」や女中の「いし」の姿も愛情深く活写されている。何だか美しい人たちなのよ。好きにならずにはいられない。著者は言う。
封建社会の、あまり語られることがない、ある種の美しさと合理性も教えてくれる。
【この書評が収録されている書籍】
何しろタイトルが『武士の娘』(ちくま文庫)だし、著者は杉本鉞子という私には読めない名前の人である(あとでエツコと読むと知った)。きっと昔の立派な女の人の話なんだろうなと、ちょっと腰が引けた感じでパラパラと立ち読みしたのだが、数分後には「これはアタリだ」と直感した。
面白い。読み始めたら、もうとまらない。時代を超えたロングセラーになっているのも当然だと思った。
そもそも著者の経歴自体がほとんど「大河ロマン」。明治六年に元は新潟・長岡藩の家老だった人の娘として生まれ、若くして結婚のためにアメリカに渡る。相手は兄の親友で貿易商を営んでいた日本人。二児をもうけたものの、夫は数年後に急逝。収入の道は文章よりほかにないと、アメリカの雑誌や新聞に投稿を続け、一九二五年にはついに“A Daughter of the Samurai”と題する雑誌連載エッセーが単行本として発行され、七か国語に翻訳されるほどの好評を得る。実はこの『武士の娘』も英語で書かれたものを昭和四十二年に日本語に翻訳したものなのだった。
前半は雪国の武家の、後半はアメリカの中流家庭の暮らしのディテールが、しっかり描き込まれていて、おおいに興味を引く。サムライの娘らしく慎み深く行動しながら、生き生きとした好奇心と鋭い分析力を発揮して、実によく見ているのだ。
日本とアメリカの、東洋と西洋の、文化の根本にあるもの――そこで共通するものとしないものについて、具体的なかたちであれこれと気づかせてくれる。いわば比較文化論的な面白さにあふれている。
さらに、著者の「大河ロマン」的人生を彩るさまざまな人びと。その人物像がいい。著者の人格形成に最も大きな影響を与えたとおぼしき父親の、なんと魅力的なことだろう。関が原の戦い以来の名門武家の末裔らしく、死をも怖れない強さを持ちながら、冗談好きで、気さくで、やさしい男。もしかすると娘(著者)によって美化されているのかもしれないが、武士道にしても騎士道にしても、その理想像はこういう人物では?と思わせる。
「爺や」や女中の「いし」の姿も愛情深く活写されている。何だか美しい人たちなのよ。好きにならずにはいられない。著者は言う。
故郷の家では、召使は地位は低くても、家族として扱われ、主人と共に喜び、共に悲しみ、また主人も、召使を親身になって世話したものでありました。こんな風でも、主従の間がみだりに狎(なれ)々すぎるということはありませんでした。
封建社会の、あまり語られることがない、ある種の美しさと合理性も教えてくれる。
【この書評が収録されている書籍】
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