書評

『わたくし率 イン 歯ー、または世界』(講談社)

  • 2017/07/05
わたくし率 イン 歯ー、または世界 / 川上 未映子
わたくし率 イン 歯ー、または世界
  • 著者:川上 未映子
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(142ページ)
  • 発売日:2007-07-26
  • ISBN-10:4062142139
  • ISBN-13:978-4062142137
内容紹介:
デビューと同時に激しめに絶賛された文筆歌手が魅せまくる、かくも鮮やかな言葉の奔流!リズムの応酬!問いの炸裂!“わたし”と“私”と“歯”をめぐる疾風怒涛のなんやかや!とにかく衝撃の、処女作。第137回芥川賞候補作。
なんでこんなわけのわからないタイトルをつけるんだろう、あんまりいい趣味とは思えない……と淡い反感を持って読み始めたのだけれど、私はアッという間に、この不思議なリズムとイメージの世界に呑(の)み込まれていた。

「わたし」が「わたし」である根拠をどこかに置くとしたら、普通は脳ということになっているけれど、この物語のぬしは「脳にぐっとこん」という理由によって、奥歯と考えている。

そんな女の「奥歯的なもの」をめぐる狂おしいモノローグが歯科治療室を舞台に繰り広げられるのだが……テーマや筋立てをここに詳しく書いても意味がないし、興をそぐことになりそうだ。

子どもの頃、私は薬局の棚に並んでいるミルクのカンが恐ろしかった。そのカンにはかわいい西洋少女の絵が描いてあった。その少女は小脇にミルクのカンを抱えていた。そのカンにはやっぱり同じ西洋少女がカンを抱えている絵が描いてあった。鏡の中の像のように、ミルクのカンを持つ少女の無限の連なりが、コワかった。どこがどうとうまく説明できないけれど、私はこの小説を読みながら、しきりとその感じを思い出したということだけ書いておきたい。

それよりも言葉、言葉、言葉。「わたくし率」とか「どこ部」とか「連呼のつまさき」とか、独特の造語と関西言葉の奔流が面白い効果をあげている。ぎこちないようでもあり、淀みないようでもあり。切実なようでもあり、とぼけたようでもあり。

例えば、タイトルの意味が一気にわかるような、こんなくだり。

あんたら人間の死亡率、うんぬんにうっわあうっわあびびるまえに人間のわたくし率こそ百パーセントであるこのすごさ! ああ! わたしはいまや、なんでか不快であったわたくし率がなんでか愉快でたまらん気持ちになって来た! ああこれこそ! 正味よ!

終盤、思いがけない他者の登場は、もしかすると純文学的には失敗なのかもしれないけれど、悲しいコメディーとしては成功だ。厚化粧女のタンカが大いに笑わせる。

【この書評が収録されている書籍】
アメーバのように。私の本棚  / 中野 翠
アメーバのように。私の本棚
  • 著者:中野 翠
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(525ページ)
  • 発売日:2010-03-12
  • ISBN-10:4480426906
  • ISBN-13:978-4480426901
内容紹介:
世の中どう変わろうと、読み継がれていって欲しい本を熱く紹介。ここ20年間に書いた書評から選んだ「ベスト・オブ・中野書評」。文庫オリジナルの偏愛中野文学館。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

わたくし率 イン 歯ー、または世界 / 川上 未映子
わたくし率 イン 歯ー、または世界
  • 著者:川上 未映子
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(142ページ)
  • 発売日:2007-07-26
  • ISBN-10:4062142139
  • ISBN-13:978-4062142137
内容紹介:
デビューと同時に激しめに絶賛された文筆歌手が魅せまくる、かくも鮮やかな言葉の奔流!リズムの応酬!問いの炸裂!“わたし”と“私”と“歯”をめぐる疾風怒涛のなんやかや!とにかく衝撃の、処女作。第137回芥川賞候補作。

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初出メディア

アエラ

アエラ 2007年9月10日

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