書評
『わたくし率 イン 歯ー、または世界』(講談社)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
『わたくし率 イン 歯ー、または世界』における川上未映子の語りは、43.9%の皆さんがどう感じるか知りませんが、わたくしにとっては全文引用&音読したくなるほど素晴らしいんです。“わたし”という個々人を“わたくし”たらしめている”私”性について徹底考察した、これは私小説ではなく私・小説。生きている限り、わたしであることから絶対に逃れることができない絶望について徹底表現し、返す刀でブログなどのネット言説で見られる私語りをも斬る。そういう批評的眼差しを内在させた剣呑な小説なのです。
語り手はデパートの美容部員を辞め、歯科医院の助手をしている〈わたし〉です。〈わたし〉には青木という恋人がいるようなのですが、忙しさを理由に会ってもらえず悶々としております。でも、よほど暢気な読者でもない限り、〈わたし〉の語りの信愚性については早々に疑いを抱くはず。だって、奥歯に自分の”私”性を見い出してるような女ですよ。妊娠してもいないのに我が子に語りかける日記をつけるような女ですよ。つまり、語り手が「信用できない語り手」であることが、すぐにわかるような書き方があえてなされている小説なのです。
この「信用できない語り手」の妄想の堤防が決壊するきっかけとなるのが、〈わたし〉が勤めている歯科医院への青木の来院。治療を終えた彼の後をつけていった〈わたし〉が、青木のアパートで直面することになるリアル世間は鬼ばかりな状況は、この小説の白眉です。アパートの玄関で、どこまでいっても”私“から逃れられない地獄についてノンストップで語り続ける〈わたし〉に、青木の彼女が〈わたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしうるさいんじゃぼけなすが。(中略)わたし病かこら〉と切れて以降の川上さんの語り芸は、眩暈を起こすほど素敵です。
ああ、人口の43.9%がこの小説を嬉々として音読する“美しい国”であれかし、ニッポン…………。そんな国も、そう願うわたしも不気味ですか、そうですか。ちぇ。
【この書評が収録されている書籍】
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
私小説ではなく私・小説。全文音読したい!
欽ちゃんが70kmマラソンを完走した瞬間の視聴率が43.9%を記録するような国だから、受け入れてもらえる自信はありませんけれど、こういうの、名文の一種だと思うんですの。〈ああこの形而上が私であって形而下がわたしであるのなら、つまりここ!! この形而中であることのこのわたくし!! このこれのなんやかや! あんたら人間の死亡率。うんぬんにうっわあうっわあびびるまえに人間のわたくし率こそ百パーセントであるこのすごさ!〉
『わたくし率 イン 歯ー、または世界』における川上未映子の語りは、43.9%の皆さんがどう感じるか知りませんが、わたくしにとっては全文引用&音読したくなるほど素晴らしいんです。“わたし”という個々人を“わたくし”たらしめている”私”性について徹底考察した、これは私小説ではなく私・小説。生きている限り、わたしであることから絶対に逃れることができない絶望について徹底表現し、返す刀でブログなどのネット言説で見られる私語りをも斬る。そういう批評的眼差しを内在させた剣呑な小説なのです。
語り手はデパートの美容部員を辞め、歯科医院の助手をしている〈わたし〉です。〈わたし〉には青木という恋人がいるようなのですが、忙しさを理由に会ってもらえず悶々としております。でも、よほど暢気な読者でもない限り、〈わたし〉の語りの信愚性については早々に疑いを抱くはず。だって、奥歯に自分の”私”性を見い出してるような女ですよ。妊娠してもいないのに我が子に語りかける日記をつけるような女ですよ。つまり、語り手が「信用できない語り手」であることが、すぐにわかるような書き方があえてなされている小説なのです。
この「信用できない語り手」の妄想の堤防が決壊するきっかけとなるのが、〈わたし〉が勤めている歯科医院への青木の来院。治療を終えた彼の後をつけていった〈わたし〉が、青木のアパートで直面することになるリアル世間は鬼ばかりな状況は、この小説の白眉です。アパートの玄関で、どこまでいっても”私“から逃れられない地獄についてノンストップで語り続ける〈わたし〉に、青木の彼女が〈わたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしうるさいんじゃぼけなすが。(中略)わたし病かこら〉と切れて以降の川上さんの語り芸は、眩暈を起こすほど素敵です。
ああ、人口の43.9%がこの小説を嬉々として音読する“美しい国”であれかし、ニッポン…………。そんな国も、そう願うわたしも不気味ですか、そうですか。ちぇ。
【この書評が収録されている書籍】
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