前書き

『特攻隊の〈故郷〉: 霞ヶ浦・筑波山・北浦・鹿島灘』(吉川弘文館)

  • 2019/07/31
特攻隊の〈故郷〉: 霞ヶ浦・筑波山・北浦・鹿島灘 / 伊藤 純郎
特攻隊の〈故郷〉: 霞ヶ浦・筑波山・北浦・鹿島灘
  • 著者:伊藤 純郎
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(224ページ)
  • 発売日:2019-06-18
  • ISBN-10:4642058850
  • ISBN-13:978-4642058858
内容紹介:
空への憧れから飛行兵の道を選んだ若者たちは、いかにして特攻隊員となったか。厳しい訓練と食事や外出などの生活から現風景を探る。

敷島隊と万朶隊

特攻隊。とりわけ航空特攻隊というと、鹿児島県域の特攻基地をはじめとする九州各地の特攻基地が思い出される。確かに九州各地の特攻基地から、爆弾もろとも敵艦船などに体当たりする特攻隊が、沖縄方面に向け数多く飛び立った。

しかし、それは、組織的で大規模な特攻作戦が常態化した時期、言い換えれば、「玉砕(ぎょくさい)」と同様、日本軍の非人間的な体質が遺憾なく発揮された時期における風景である。

自発的な体当たりではなく、組織的な体当たり攻撃である特攻が最初に行われたのは、一九四四年(昭和一九)一〇月二五日といわれる。一九日、海軍最初の特攻隊となる「神風特別攻撃隊」として、敷島(しきしま)・大和(やまと)・朝日(あさひ)・山桜(やまざくら)の四部隊が編制された。部隊名は本居宣長(もとおりのりなが)の和歌「敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山桜花」から採ったものである。翌二〇日、この四隊とその後編制された菊水(きくすい)隊の特攻隊員が指名される。この時指名された二五人のうち、指揮官(敷島隊隊長)に選ばれた海軍兵学校出身の関行男(せきゆきお)を除く二四人全員が、茨城県稲敷郡阿見(あみ)村(現阿見町)に開隊した土浦(つちうら)海軍航空隊に、四二年四月一日に入隊した海軍飛行予科練習生(予科練生)甲種(こうしゅ)第一〇期生である。

二五日、関隊長率いる敷島隊五機が四回目の出撃で米護衛空母を撃沈。二八日、海軍は組織的な航空特攻の「初戦果」として敷島隊の「殊勲」を伝えた。海軍最初の特攻隊員は、筑波山(つくばさん)を仰ぎ、霞ヶ浦(かすみがうら)で航空機搭乗員としての基礎教育を受けた土浦海軍航空隊予科練出身の二〇歳にも満たない少年たちであったのだ。

一方、陸軍最初の特攻隊は、筑波山や霞ヶ浦に近い、鉾田(ほこた)教導飛行師団で編制された。鉾田教導飛行師団は、浜松陸軍飛行学校の分校として鹿島郡新宮(しんぐう)村・上島(かみじま)村・白鳥(しらとり)村(現鉾田市)に設置され、一九四〇年一二月一日に開校した鉾田陸軍飛行学校が、本土防衛のため四四年六月に編制替えしたものである。

海軍の航空特攻隊が初出撃した一〇月二一日、陸軍初の特攻隊となる「万朶(ばんだ)隊」が編制された。体当たり攻撃用に改造された九九式(きゅうきゅうしき)双発軽爆撃機(皇紀二五九九年・一九三九年に初飛行)の機首には、起爆装置である三㍍ほどの細い管が三本付けられ、敵艦に触れると爆弾が炸裂する構造になっていた。搭載した八〇〇㌔にも及ぶ爆弾は、体当たりする前には投下できないようになっていたという。

特攻隊の原風景

アジア・太平洋戦争の終結から七四年。戦争の体験はもとより、戦争の記憶をもつ人びとが少なくなった現在、戦争の歴史を忘れない、再び戦争を起こさないためにも、「必死」の任務を課せられた特攻隊の歴史を問い直すことは意味があろう。

特攻隊は、どのような歴史的状況のなかで生まれたのか。特攻兵器と特攻作戦との採用を誰が決定し、どこが推進し、命令したのか。特攻隊員は、いつどこから出撃し、どこで「散華(さんげ)」したのか。特攻隊員の死は、祖国を守った「崇高な犠牲」か、それとも死ななくてもいい戦争で犠牲となった「無駄死に」だったのか。こうした問題関心に基づく研究書は数多く存在し、そこでは特攻隊をめぐりさまざまな解釈と認識が示されている。また、近年は、「守るべきもののために命を捧げた」という脈絡で特攻隊を捉え、「日本人の誇り」としてを賛美することを目的とした書物も溢れている。

だが、彼らは、最初から特攻隊員だったのではない。特攻隊員になることを、自ら望んだわけでもない。予科練生・飛行予備学生として、筑波山を仰ぐ霞ヶ浦で飛行基礎教育を受けた敷島隊と「筑波隊」。北浦(きたうら)や鹿島灘(かしまなだ)を望む地で、厳しい飛行訓練に励んだ万朶隊と「桜花(おうか)隊」。いずれも、空への憧れから飛行兵の道を歩んだ若者である。

若き「荒鷲(あらわし)」が航空特攻隊になる。普通の飛行兵が「必死」隊になる─―。

本書は、こうした特攻隊を、彼らが飛行訓練に励み、短い青春を送った「故郷」から素描したものである。「特攻隊の原風景」とは、どのようなものだったのだろうか。

(「特攻隊の原風景-プロローグ」より一部抜粋)

[書き手] 伊藤 純郎(筑波大学人文社会系歴史・人類学専攻長・教授)
特攻隊の〈故郷〉: 霞ヶ浦・筑波山・北浦・鹿島灘 / 伊藤 純郎
特攻隊の〈故郷〉: 霞ヶ浦・筑波山・北浦・鹿島灘
  • 著者:伊藤 純郎
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(224ページ)
  • 発売日:2019-06-18
  • ISBN-10:4642058850
  • ISBN-13:978-4642058858
内容紹介:
空への憧れから飛行兵の道を選んだ若者たちは、いかにして特攻隊員となったか。厳しい訓練と食事や外出などの生活から現風景を探る。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
吉川弘文館の書評/解説/選評
ページトップへ