書評
『世界でさがす、私の仕事―5大陸13ヵ国15職体験物語』(講談社)
グローバルに職探し
「5大陸13カ国15職体験物語」がサブタイトル。一年半のうちに、著者がひとりで体験した。単に「13力国」ならヨーロッパをこまめに回れば、できなくはなさそうだが、「5大陸」となると、そうはいかない。いったいどうやって? と、まず好奇心がわく。なかなかうまいサブタイトルのつけ方だ。
『世界でさがす、私の仕事』(篠田香子著・講談社)は、タイトルから、国際版転職マニュアルを想像する人もいるだろう。が、いわゆるマニュアル本の枠におさまらないことは、読むうちにわかる。
評者を含む大多数の日本人は、英語そのものにコンプレックスがあるから、著者が船舶の仕事をする父のもとに生まれ、小さいときから外国で育ったと知ると、どこかでほっとしたりする。
「なあんだ、やっぱりはじめから、自分たちとは違うのだ」
あるいは「東京で使えないヤツはニューヨークでも香港でもロンドンでも使えない」みたいな、著者のストレートな物言いに、反発を感じるかもしれない。
が、結論から言えば、それだけでそっぽを向くのは、もったいない。
プノンペンの孤児院で英語を教え、ミラノの高級ブティックでバッグを売り、カリブ海の豪華客船にスチュワーデスとしてもぐり込む著者。いかにして職についたかの記述は、少ない。
就職活動といえば、インターネットで情報を得たり、関係しそうな機関に直接出向いて調べたり、わずかなつてをたよりに、ひたすら履歴書を書きまくる。したい仕事を探しあてるのに、マニュアルなどないことが、読者にもわかってくる。
文章の多くは、その地での同僚たちの日常にあてられる。ほとんどが二十代から三十代だ。シリコンヴァレーでプログラマーとして働く中国系アメリカ人のロンは、常に進歩を続けるハイテクについていくため、仕事の後の学校通いを欠かさない。「頭脳だけでなく、生身の体があることを忘れないため」スポーツにも精を出す。韓国人のキャティは、シリコンヴァレーにはさびしい男が多いという事実(?)と、東洋人の女性がもてることに目をつけ、ちょっとしたビジネスを計画中。皆、若く元気にあふれ、ときおりふと、せつなさをみせる。
政財界の犯罪が跡を絶たないモスクワで、個人貿易会社を営む三十二歳の女社長タニアは、ほんの少し前まで、黒海の国民宿舎に行くのが最高のぜいたくだった。今はパリとも行き来する日々だが、かつての秩序を懐かしく思うこともある。「頭脳にも資源にも恵まれたこの国を、自ら強奪しまくって、私たちはもう明日も今も見失って見えない」。
それぞれの日常に、仕事観や人生観、社会事情が陰影として映し出される。さまざまな条件のもと、自分の生き方を求めて働く彼らの姿は、同時代を生きる地球規模の青春群像ともいえる。
彼らの生き方を、著者は自分の、あるいは日本の尺度で断じはしない。将来は尼寺に行くからいいと、自立を考えないカトマンズのメイドにいら立ちつつも、「こういう国で優しく暮らす術を、円とハイテクの力で世界を飛びまわる技を身につけた私は、取り戻すことができるだろうか」と思い直したり。自分のバックボーンはしっかりと持ちながら、人やものごとを測る物差しは柔軟だ。
人は誰も、生まれる時代や場所は選べない。たまたま今の日本に生まれ合わせた私たちは、少なくとも環境としては、生きる場所を選択できる条件が整っている。強い円、どこにでも行けるパスポート、発達した移動通信の技術。言葉の壁にさまたげられ、世界に出ていくことには二の足を踏みがちだけれど、さまざまな国に目を向ければ、相対的に有利ではある。その事実だけは、認めざるを得ない。
転職のノウハウよりも、日本にいるのと違った視点で、世界の中の自分をとらえ直すこと。五大陸をめぐってまで、書こうとしたのは、そのへんにある。
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