中世の説話にも似た晩年の闘病記
下咽頭腫瘍の手術の際にソセゴンという麻酔剤を注入されて幻覚を見た。なにもない白地のはずの天井に地図がびっしり描き込んであるように見えたり、壁の一部から舞楽の蘭陵王の面がこちらをにらみつけたりする。といって譫妄性の幻覚におけるように、幻覚に呑み込まれてしまうのではない。幻覚の一つ一つが、額縁に入れた絵のようにはっきり距離を置いて見える。幻覚をオブジェ化し、それを見ている自分も見る装置としてオブジェ化して、果ては都心の病院の一室を幻覚の標本蒐集室たらしめてしまう。「都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト」という表題作を、強いて要約すればそういうことになろうか。「穴ノアル肉体ノコト」はその後日譚で、手術の結果喉に穴の開いてしまった自分の肉体を、珍種の人工的両性具有者ででもあるかのように、ためつすがめつ、穴の開くほどながめまわす記録である。
両者とも執筆時は死の直前の一九八七年。当時私は某紙の文芸時評欄を担当していて、これらの作品を「外術《グエズツ》ヲモテ瓜ヲ盗ミ食ワレタルコト」とか「修行者百鬼夜行ニアフコト」のような今昔物語集や宇治拾遺物語などの中世説話になぞらえたことがある。いまもってその感想は変わらない。晩年の著者が王朝末期や中世の物語世界に惹かれていたらしい消息は、ほかにも「我身にたどる姫君」評や、来迎会や東大寺のお水取りに取材したエッセーに垣間見える。
晩年に近づくにつれて、先人知己の追悼や少年時の追憶がしきりになる。死と少年期。発端と終末だけがきっぱり提示されていて、中身の人生がない、といってもよい。ない、というより、ある種の無意味がみっしり詰まっている。ちなみに「ポンカリ」という文章がある。尻取り歌のなかに、ほかは全部意味が分かるのに、「いくら首をひねって考えても分からない」ポンカリということばがあったという話だ。澁澤龍彦という人も、その作品も、このポンカリみたいなものではなかろうか。