解説

『悪魔の中世』(河出書房新社)

  • 2017/09/26
悪魔の中世  / 渋澤 龍彦
悪魔の中世
  • 著者:渋澤 龍彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(218ページ)
  • 発売日:2001-06-01
  • ISBN-10:4309406300
  • ISBN-13:978-4309406305
『悪魔の中世』は、澁澤龍彥の著作群のなかでも、まことに特異な一冊である。

著者自身による「アポロギア(弁明)」ともいうべき「はしがき」に明らかなように、本書の執筆と刊行との間には「ほぼ十七年」、実際の刊行がこの「はしがき」の翌年、一九七九年であるところからすれば、正確には十八年の時間が横たわっていることになる。これはまったく異例の事態である。

本書の骨子を美術雑誌『みづゑ』に連載していた一九六一年に、澁澤は『黒魔術の手帖』を刊行している。『毒薬の手帖』(一九六三年)、『秘密結社の手帖』(一九六六年)と続く「手帖」三部作の第一弾を出して、いよいよその相貌を際立たせ始めた年だ。すでにコクトーの『大胯びらき』(一九五四年)、サドの『悪徳の栄え』(一九五九年)の翻訳や、評論集『サド復活』(一九五九年)を公刊して、サド研究家、フランス文学者としての存在感を確かなものにしていた澁澤は、六〇年代に入って、「はしがき」の表現を使えば、「まだ日本では誰も手をつけていなかった領域」に乗り出そうとした。実際、いまでこそ魔術や悪魔や悪魔学といった言葉は人口に膾炙(かいしゃ)し、関連書が巷にあふれ、手垢にまみれたものにさえなっているけれども、当時そんなことが真面目な研究の対象になるとは、あるいはみずから研究の対象にしようとは、少なくともこの国ではほとんど誰も考えていなかったといってもいいだろう。『悪魔の中世』は、その意味で、『黒魔術の手帖』とともに、先陣をきる一冊になるはずだったのだ。

黒魔術の手帖  / 澁澤 龍彦
黒魔術の手帖
  • 著者:澁澤 龍彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(277ページ)
  • 発売日:1983-12-01
  • ISBN-10:4309400620
  • ISBN-13:978-4309400624

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毒薬の手帖  / 澁澤 龍彦
毒薬の手帖
  • 著者:澁澤 龍彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(263ページ)
  • ISBN-10:4309400639
  • ISBN-13:978-4309400631

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秘密結社の手帖  / 澁澤 龍彦
秘密結社の手帖
  • 著者:澁澤 龍彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(329ページ)
  • 発売日:1984-01-01
  • ISBN-10:4309400728
  • ISBN-13:978-4309400723

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大胯びらき / ジャン・コクトオ
大胯びらき
  • 著者:ジャン・コクトオ
  • 翻訳:澁澤 龍彦
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(192ページ)
  • 発売日:2017-08-26
  • ISBN-10:4560095795
  • ISBN-13:978-4560095799
内容紹介:
複数の芸術ジャンルを横断した稀代の才人による1923年刊の半自伝的青春小説。翻訳家・澁澤龍彦の記念すべきデビュー作にして名訳

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悪徳の栄え〈上〉  / マルキ・ド サド,マルキ・ド・サド
悪徳の栄え〈上〉
  • 著者:マルキ・ド サド,マルキ・ド・サド
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(346ページ)
  • 発売日:1990-10-01
  • ISBN-10:4309460771
  • ISBN-13:978-4309460772

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サド復活  / 澁澤 龍彦
サド復活
  • 著者:澁澤 龍彦
  • 出版社:小学館
  • 装丁:単行本(365ページ)
  • 発売日:2015-05-25
  • ISBN-10:4093522022
  • ISBN-13:978-4093522021
内容紹介:
澁澤龍彦 渾身の処女エッセイ集 マルキ・ド・サドの思想を縦横に紹介しつつ、フーリエ、マルクス、トロツキー、ブルトン、バタイユなどの精読を通して、テロル、暴力、自由、美、ユートピ… もっと読む
澁澤龍彦 渾身の処女エッセイ集

マルキ・ド・サドの思想を縦横に紹介しつつ、フーリエ、マルクス、トロツキー、ブルトン、バタイユなどの精読を通して、テロル、暴力、自由、美、ユートピアなどについて独自の考察を開示し、自らの文学的位相を確然と宣言した記念碑的なエッセイ8篇。
「ソドムの120日」を始めとするサド文学論や、サドの生涯を簡潔かつドラマチックに密度濃くまとめた小論等、筆者の冴え渡る筆遣いで、20世紀のサドが生き生きと甦る。
サド的明晰性につらぬかれた筆者の過激な想念が、いま再び思想の〈現在性〉を問う、澁澤龍彦31歳時の“渾身”の処女エッセイ集である。

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だが澁澤は、この時点での単行本化を控えた。なぜだろうか。もちろんそれは、彼自身いうように、「この若書きを全面的に書き直して、面目を一新させたかった」からであるに相違ない。とはいえ、「若書き」というなら、『黒魔術の手帖』も「若書き」であることには変わりがないのであり、『悪魔の中世』の「不備の点」「不満の個所」にことさら神経を尖らせるのも奇妙なことかもしれないのである。澁澤自身、単行本化に積極的になれず、私たち読者もまた本書になにか微妙に澁澤らしからぬものを感じるとすれば、それはなぜだろうか。

『悪魔の中世』が、『夢の宇宙誌』(美術出版社、一九六四年)などと比べて、なにか異質な印象を与えるとすれば、それは、ハーバート・リード風にいえば、「イデア」よりも「イコン」を採ることを選んだはずの彼が、「イコン」を扱いながらも、「歴史」に、「観念」に、「イデア」に、多少ともこだわらざるをえなかったからだと考えることができるだろう。こだわらざるをえなかったのは、「中世」というとびきりのイデオロギー社会を対象としていたからだというほかはない。

夢の宇宙誌 〔新装版〕  / 澁澤 龍彦
夢の宇宙誌 〔新装版〕
  • 著者:澁澤 龍彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(312ページ)
  • 発売日:2006-06-03
  • ISBN-10:4309408001
  • ISBN-13:978-4309408002
内容紹介:
自動人形、遊戯機械、ホムンクルス、怪物、アンドロギュヌス、天使、そして世界の終わり…多様なイメージに通底する人間の変身願望や全体性回復への意志、大宇宙と照応する小宇宙創造への情熱などを考察したエッセイ集。著者の六〇年代を代表する一冊。読者を異次元に誘い出す夢のアルバム。

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澁澤は、『黄金時代』に収められた「A・キルヒャーと遊戯機械の発明」というエッセイのなかで、アマチュアの語源がラテン語の「アマトール(愛慕する者)」にあることに説き及び、偉大なアマチュア精神の持主がとりもなおさず偉大なエロティック、汎性愛的人間にほかならぬことを主張している。この言葉は、直接的には「すべてを遊びの相のもとに眺める」マニエリスティックな精神の持主としてのキルヒャーその人に差し向けられているにしても、そのまま澁澤自身にあてはまることでもあった。そして稀代のアマトールとしての澁澤のエロスは、なによりもマニエリスムという海のなかで生動したように思う。キリスト教中世を相手にアマトールたることに徹するのにある種のぎこちなさのようなものを感じていたからこそ、澁澤は単行本化をためらったのではないか。

黄金時代  / 澁沢 龍彦
黄金時代
  • 著者:澁沢 龍彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(235ページ)
  • ISBN-10:4309401465
  • ISBN-13:978-4309401461
内容紹介:
60年代の後半、全共闘運動はなやかなりしころ、世情は騒然とし、著者が親交をあたためていた作家三島由紀夫は、一見その流れに歩調を合わせるかのように死の予行演習をくり返し、自決へと至っ… もっと読む
60年代の後半、全共闘運動はなやかなりしころ、世情は騒然とし、著者が親交をあたためていた作家三島由紀夫は、一見その流れに歩調を合わせるかのように死の予行演習をくり返し、自決へと至った。そして70年代が幕を開け、政治の季節は終った。時代に対して超然としながら、なおかつ時代の空気を鋭敏に察知していた著者はこの時期何を考えていたのだろうか? 本書はその思索の跡を示すエッセイ集。

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とはいえ、結局、長い時間を置いて、澁澤は本書を公刊した。「箱入り娘をようやく嫁にやる気になった父親の心境」と澁澤は書いているけれども、実際、『悪魔の中世』は、真黒な箱に入った真四角の本、黒ずくめの花嫁として世に送り出されたのである。考えてみれば、加筆があるとはいえ、本書は澁澤にとってはじめての美術史書、「誰も手をつけていなかった領域」、すなわちまさしく「魔的なもの」の領域を正面から採り上げた最初の「イコン」の書だといってもいいわけである。「もともと筆者の愛惜措くあたわざる作品」という言葉も、その意味で、文字どおりに受け取られるべきだろう。

(次ページに続く)
悪魔の中世  / 渋澤 龍彦
悪魔の中世
  • 著者:渋澤 龍彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(218ページ)
  • 発売日:2001-06-01
  • ISBN-10:4309406300
  • ISBN-13:978-4309406305

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