解説

『悪魔の中世』(河出書房新社)

  • 2017/09/26
悪魔の中世  / 渋澤 龍彦
悪魔の中世
  • 著者:渋澤 龍彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(218ページ)
  • 発売日:2001-06-01
  • ISBN-10:4309406300
  • ISBN-13:978-4309406305

さて、澁澤自身が「一種の研究ノート」とも称する本書の内容だが、その「研究」の内実が透けて見えるところがおもしろい。澁澤は、本書を基本的にいわば澁澤版『魔術的芸術』として構想したのだと思われる。そしてそれをユルギス・バルトルシャイティスの中世研究によって限定しようとしたのだ。もちろん澁澤はすすんで手の内を見せており、ヨハン・ホイジンガ、エミール・マール、アンリ・フォシヨン、そしてロラン・ヴィルヌーヴらの著作を押さえていることは明らかである。とはいえ、本書が、その「志向」において、ブルトンとバルトルシャイティスを縦横の軸として構成されていることは間違いない。そしてバルトルシャイティスは、『魔術的芸術』のなかでブルトンが言及している、ほとんど唯一の美術史家なのである。

魔術的芸術 / アンドレ ブルトン
魔術的芸術
  • 著者:アンドレ ブルトン
  • 翻訳:星埜 守之,谷川 渥,鈴木 雅雄
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(270ページ)
  • ISBN-10:4309265669
  • ISBN-13:978-4309265667
内容紹介:
本書は、アンドレ・ブルトンの晩年の「大事業」である。古代エジプト絵画からデ・キリコまで、原始諸民族のオブジェからデュシャンまで、ケルトの象徴文様からエルンスト、タンギーまで、古今… もっと読む
本書は、アンドレ・ブルトンの晩年の「大事業」である。古代エジプト絵画からデ・キリコまで、原始諸民族のオブジェからデュシャンまで、ケルトの象徴文様からエルンスト、タンギーまで、古今のあらゆる芸術の領域を踏査し、「魔術的」の一語をもってあらたな視野のもとに置き、さらにシュルレアリスムの理念に照らすことによって、美術史そのものを書きかえようとした壮大な試みである。20世紀最大の"幻の書物"、待望の普及版。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。


『魔術的芸術』の内容は、単純といえば単純なもので、ブルトンのテーゼはこうである。芸術はその起源を魔術にもつ。芸術を生み出した魔術をみずから再生するところの芸術を「魔術的芸術」と呼ぶ。こうしたテーゼにもとづいて、ブルトンは原始美術からシュルレアリスムにいたる美術史をまさに再編成しようとしたわけだが、なかに「遠まわりの魔術、中世」と題する章がある。澁澤が本書のべースに置いたのはこの部分で、それは「悪魔の肖像学」の章に早々とブルトンの名前が引かれるところからも確かめられようが、彼はこれを自分なりに敷衍しようとしたものと推測される。

『魔術的芸術』は、すでに巖谷國士氏の監修で河出書房新社から邦訳が出ているから、いまでは読者はこの驚くべき大著をいつでも繙くことができるわけである。実は問題の「遠まわりの魔術、中世」の章の翻訳を担当したのはこの私で、翻訳で苦労した分、澁澤のテクストに特別の親しみのようなものをあらためて覚えたことを申し添えておきたい。

澁澤が使ったバルトルシャイティスの著作は、『幻想の中世――ゴシック美術における古代と異国趣味』(一九五五年)と『覚醒と驚異――幻想のゴシック』(一九六〇年)の二冊、とりわけ前者である。幸いこの『幻想の中世』も、一九八一年のフランス語新版にもとづいて「平凡社ライブラリー」から邦訳が出ているから、澁澤がこれをいかに縦横無尽に、つまり蝙蝠の翼の悪魔、二頭ゴルゴン、グリル(頭足人(グリロス))、悪の樹、誘惑図などの記述において利用しているか、読者は確かめることができよう。

幻想の中世〈1〉ゴシック美術における古代と異国趣味  / ユルギス・バルトルシャイティス
幻想の中世〈1〉ゴシック美術における古代と異国趣味
  • 著者:ユルギス・バルトルシャイティス
  • 翻訳:西野 嘉章
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(296ページ)
  • 発売日:1998-06-01
  • ISBN-10:4582762492
  • ISBN-13:978-4582762495
内容紹介:
ゴシックの夜に跳梁する異形異類、繁茂する動物文・植物文。古代と東方の珍奇なイメージ群のダイナミックな運動を無類の学識と才筆をもって跡づけた綺想の図像学。図版多数、2分冊。全面改訳決定版。

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いや、「利用」と書いたけれども、バルトルシャイティスというリトアニア出身の比類のない碩学の名前を私たちに教えてくれたのが、ほかならぬ澁澤龍彥なのであり、ブルトンとバルトルシャイティスを結びつけるような彼の「挑戦」がなければ、『幻想の中世』はもちろん、『アベラシオン』『アナモルフォーズ』『イシス探求』『鏡』からなる「バルトルシャイティス著作集」(国書刊行会)の邦訳刊行もありえなかったといってもいいだろう。そもそも「著作集」の責任編集には、澁澤があたるはずだったのだ。その意味では、澁澤はバルトルシャイティスを「利用」したというよりは、むしろ「告知」したのである。ついでにいえば、奇しき縁によって私は『鏡』の翻訳を担当する機会を得た。ブルトンとバルトルシャイティス、両方の翻訳に多少とも関わることができたわけである。私の仕事の少なくとも一端は、その淵源を本書のうちにもつことになるのかもしれない。

アベラシオン バルトルシャイティス著作集  / ユルギス・バルトルシャイティス
アベラシオン バルトルシャイティス著作集
  • 著者:ユルギス・バルトルシャイティス
  • 翻訳:種村 季弘, 巌谷 國士
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(301ページ)
  • 発売日:1991-05-00
  • ISBN-10:4336031371
  • ISBN-13:978-4336031372
内容紹介:
動物と人間の類似性から人間性格を演繹する表徴解読の秘術、観相学の系譜を跡づける「動物観相学」。岩石のなかにたちあらわれる聖書の光景、都市、人間や動物の図像----収集家を熱狂せしめ… もっと読む
動物と人間の類似性から人間性格を演繹する表徴解読の
秘術、観相学の系譜を跡づける「動物観相学」。岩石のなかにたちあらわれる聖
書の光景、都市、人間や動物の図像----収集家を熱狂せしめた鉱物の奇蹟「絵の
ある石」。ゴシックの大聖堂に鬱蒼たる森のヴィジョンをみ、自然回帰の神話
を読みとく「ゴシック建築のロマン」。庭園内に突如出現する奇怪なモニュメン
ト、シナ・イスラムの寺院、怪物や神話的主題を配した幻想魔景。諸神混淆の風
景庭園の諸相を追う「庭園とイリュージョン風景」。形態の伝説をめぐる4つの
エッセイを収録、近代合理主義から逸脱した偏奇なイメージの系譜を、博引傍証
と夥しい図版によって掘りおこした驚異の書。

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アナモルフォーズ バルトルシャイティス著作集 / ユルギス・バルトルシャイティス
アナモルフォーズ バルトルシャイティス著作集
  • 著者:ユルギス・バルトルシャイティス
  • 翻訳:高山 宏
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(383ページ)
  • 発売日:1992-02-01
  • ISBN-10:433603138X
  • ISBN-13:978-4336031389

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イシス探求 バルトルシャイティス著作集  / ユルギス・バルトルシャイティス
イシス探求 バルトルシャイティス著作集
  • 著者:ユルギス・バルトルシャイティス
  • 翻訳:有田忠郎
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(432ページ)
  • 発売日:1992-11-01
  • ISBN-10:4336031398
  • ISBN-13:978-4336031396
内容紹介:
イシス----ナイル河畔に出現したこの女神は、オリエントからローマを含む地中海沿岸一帯に広まった大母神信仰の母胎であった。至高にして普遍の原理であるイシスは、また大旅行者でもあった… もっと読む
イシス----ナイル河畔に出現したこの女神は、オリエントから
ローマを含む地中海沿岸一帯に広まった大母神信仰の母胎であった。至高にして
普遍の原理であるイシスは、また大旅行者でもあった。著者は、イシス信仰の
痕跡を、フランス、イギリス、ゲルマニアなどヨーロッパ各地に、そして遥か
中国・インドにまで求め、驚くべき展望、あるいはむしろ展望の逆転の中に、古
代から中世、否、近世にまで至る、人間の信仰と想像力の大いなる角逐ないし協
力を見る。幻想の東洋と西欧の夢想が交錯するあやかしの精神史。

膨大な資料を渉猟し、美学、考古学、比較宗教学などを駆使して、神話の伝承
の形で現れる知のパースペクティヴの転倒を試みた本書は、『アベラシオン』
『アナモルフォーズ』に続いて、異端の美術史家ユルギス・バルトルシャイティ
ス「逸脱の遠近法」三部作の最後を飾る。

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鏡 バルトルシャイティス著作集 / ユルギス・バルトルシャイティス
鏡 バルトルシャイティス著作集
  • 著者:ユルギス・バルトルシャイティス
  • 翻訳:谷川 渥
  • 出版社:国書刊行会
  • 装丁:単行本(519ページ)
  • 発売日:1994-12-01
  • ISBN-10:4336031401
  • ISBN-13:978-4336031402
内容紹介:
天の鏡、神の鏡、魔法の鏡、アルキメデスの鏡、アレクサンドレイアの燈台、鏡占い、人工の幽霊-神話から現代の太陽炉まで、様々な鏡の科学と伝説を博捜した驚異の書。

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ところで、澁澤は本書に「中世」という時代的限定をつけながら、ジョルジュ・バタイユの『エロスの涙』やマルセル・ブリヨンの『幻想芸術』(一九六一年)などを引きつつ、ときとしてシュルレアリスム美術に連想を遊ばせることを忘れてはいない。「同じ恐怖芸術の時空を超えた共通性」をいいながら、サルヴァトル・ローザからサルバドール・ダリへ、さらには日本の「シダイダカ」へと説き及ぶ、そうした筆致の軽妙さに澁澤らしさといえば澁澤らしさを感じることもできよう。

エロスの涙  / ジョルジュ バタイユ
エロスの涙
  • 著者:ジョルジュ バタイユ
  • 翻訳:森本 和夫
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(351ページ)
  • 発売日:2001-04-01
  • ISBN-10:4480086285
  • ISBN-13:978-4480086280
内容紹介:
「私が書いたもののなかで最も良い本であると同時に最も親しみやすい本」と自ら述べた奇才バタイユの最後の著書。人間にとってエロティシズムの誕生は死の意識と不可分に結びついている。この… もっと読む
「私が書いたもののなかで最も良い本であると同時に最も親しみやすい本」と自ら述べた奇才バタイユの最後の著書。人間にとってエロティシズムの誕生は死の意識と不可分に結びついている。この極めて人間的なエロティシズムの本質とは、禁止を侵犯することなのだ。人間存在の根底にあるエロティシズムは、また、われわれの文明社会の基礎をも支えている。透徹した目で選びぬかれた二百数十点の図版で構成された本書は、バタイユ「エロティシズム論」の集大成。本国フランスでは発禁処分にされたが、本文庫版では原著を復元した。新訳。

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幻想芸術 / マルセル ブリヨン
幻想芸術
  • 著者:マルセル ブリヨン
  • 翻訳:坂崎 乙郎
  • 出版社:紀伊國屋書店
  • 装丁:単行本(498ページ)
  • 発売日:2014-05-15
  • ISBN-10:4314000430
  • ISBN-13:978-4314000437
内容紹介:
目次 序 / p5I 妖怪の森 / p9II 異常なものの無限の王国の中で / p57III 骸骨と幽霊たち / p91IV 不安な空間 / p125V 悪魔の子ら / p173VI メタモルフォーゼ / p217VII 可能な世界の幻… もっと読む
目次
序 / p5
I 妖怪の森 / p9
II 異常なものの無限の王国の中で / p57
III 骸骨と幽霊たち / p91
IV 不安な空間 / p125
V 悪魔の子ら / p173
VI メタモルフォーゼ / p217
VII 可能な世界の幻想 / p269
VIII 幻視者と見者 / p317
IX 神話の創造 / p351
X 幻想的現実 / p413
図版解説 / p451
訳注 / p471
訳者あとがき / p485
人名索引 / p496

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さまざまな要素から織りなされたこの「研究ノート」は、いずれにせよ澁澤龍彥の原点を構成する。その後の澁澤の展開を萌芽的に含み、しかもそれをある程度予告するものと見てさしつかえあるまい。

澁澤の比較的知られざる一冊であろう本書が、こうして文庫に入った。澁澤龍彥という名前をことさらに意識せずとも、特異な中世美術書として、読者は本書を楽しむこともできるはずである。

【この解説が収録されている書籍】
書物のエロティックス / 谷川 渥
書物のエロティックス
  • 著者:谷川 渥
  • 出版社:右文書院
  • 装丁:ペーパーバック(318ページ)
  • 発売日:2014-04-00
  • ISBN-10:4842107588
  • ISBN-13:978-4842107585
内容紹介:
1 エロスとタナトス
2 実存・狂気・肉体
3 マニエリスム・バロック問題
4 澁澤龍彦・種村季弘の宇宙
5 ダダ・シュルレアリスム
6 終わりをめぐる断章

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悪魔の中世  / 渋澤 龍彦
悪魔の中世
  • 著者:渋澤 龍彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(218ページ)
  • 発売日:2001-06-01
  • ISBN-10:4309406300
  • ISBN-13:978-4309406305

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