解説

『澁澤龍彦 日本芸術論集成』(河出書房新社)

  • 2017/12/16
澁澤龍彦 日本芸術論集成  / 澁澤 龍彦
澁澤龍彦 日本芸術論集成
  • 著者:澁澤 龍彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(485ページ)
  • 発売日:2009-08-04
  • ISBN-10:4309409741
  • ISBN-13:978-4309409740

澁澤龍彦 マニエリスムとエートス

「洋学」系の鬼才ともいうべき澁澤龍彥が、日本の芸術をめぐってこんなにもたくさんの文章を書きのこしていた!『澁澤龍彥 日本芸術論集成』と銘打たれた本書を手にして、読者は誰しもそのような感慨に打たれるに違いない。

本書の全体は四つの章から成るが、端的に二部構成であるということもできる。「第1章 古典美術の世界」を第一部、「第2章 現代美術の世界」以降のすべてを第二部と見るのである。最後の方に「古典芸能と仏教行事」なるセクションもあるが、全体的にはいわば「古典」と「現代」との対比である。

かつて私が編む機会を得た『天使たちの饗宴――澁澤龍彥同時代芸術論集』(二〇〇三年、河出書房新社)における「同時代」が、ほぼ本書の「現代」に当たるが、前者に収めきれなかった文章も本書でほとんどすべて拾われている。

「同時代」とは、一九六〇年から八七年までの二十年間を指す。具体的には、雑誌『みづゑ』一九六〇年七月号に掲載された「銅板画の天使・加納光於」から、八七年七月十五日、二回目にして最後の手術の行なわれる直前、病床の澁澤が書いた「土方巽との初対面」(『アスベスト館通信』一九八七年十月三十日発行)まで、要するに最初の評論集『サド復活』(一九五九年、弘文堂)公刊の翌年から死の直前まで、彼が物書きとして立っていたほとんどすべての時期のことである。

澁澤龍彥の周辺に集い、あるいは彼の目と心に触れて言葉を誘発した作家たちについての文章が「第二部」の実質を成すが、しかしことさらにこれを「古典」の「第一部」と対立させるのも、あまり適当とはいえないかもしれない。過去と現在の時間的差異こそあれ、対象――少なくとも美術に向けられた澁澤の眼差しには基本的に変わりがないからだ。

澁澤の眼差し、あるいは姿勢、あるいは嗜好の一貫性は、日本の芸術の過去と現在、「古典」と「現代」とについてばかりではなく、日本と西洋とについてもいえる。いや、というよりむしろ、西洋美術における自己の嗜好の自覚こそが、また日本の美術への澁澤の眼差しをも規定しているといったほうがいいかもしれない。

もともと歴史よりも神話を、観念よりもイメージを、「イデア」よりも「イコン」を好むという彼の「先天的傾向」が、アンドレ・ブルトンの『魔術的芸術』(一九五七年)の主張をほとんど我がものとみなして、一も二もなくそれと結びついたことは間違いない。アンドロギュヌス、球体、円環、螺(ら)旋(せん)、渦巻、メタモルフォシス(変形)、魔術的科学技術といった「イコン」を言挙げし、他方、社会進化論、近代主義的、あるいは政治主義的観点に支えられた前衛意識を一刀両断する彼の基本的立場は、こうしてここにはっきりと打ち出されたのである。

澁澤は、本書収録の「マニエリスト抱一」という文章のなかで、「ひたすら繊細、ひたすら優美な感覚の洗練のみが支配している」抱一の画面に対して、「私のいうマニエリスムとは、そういう意味だと御承知おきねがいたい」と書いている。「日本の装飾主義とマニエリスム」というエッセイにおいては、「マニエリスムとしての琳(りん)派(ぱ)」を主題化して、マニエリスムという概念を「アルティザン的技巧主義というぐらいの意味に用いているつもりだ」と書き、そしてこう述べている。「日本の美術、いや、あえて言うならば文学をもふくめて、日本の芸術全般が、この装飾主義的マニエリスムを抜きにしては語れないような気がするのである」と。

澁澤にとって、マニエリスムとは、言葉を換えれば、線の芸術――微妙で、繊細で、優美で技巧的で、神経症的な、ヴァザーリ流にいえば、ディセーニョ(線描性、線的意匠)の芸術であるということだ。蕭(しょう)白(はく)も蘆(ろ)雪(せつ)も抱一も其一も若(じゃく)冲(ちゅう)も、マニエリストの名で呼ばれるのも道理であろう。

なによりもまず線への偏愛がある。それが澁澤の美術論の基本である。宗達のような「日本のバロックの真髄」についても、強調されるのはその「力強い描線」であり、上田秋成の文章の「彫琢された金属的な美」を言挙げする際にも、「文体の骨格が、銅板画の線のように透けて見える」と書く。秋成の世界を「たとえばデューラーのような鋭く力強い線で」再現することを夢見る澁澤だが、そういえば『幻想の肖像』(一九七五年)のなかでデューラーを採り上げて、彼はこんなふうに述べていた。「線を愛するということは、明快なフォルムを愛するということで、それは一直線にエートス(倫理性)につながるものであろうと考えられる。そしてエートスとは、そもそも男性的なものである」と。繊細、優美、技巧的、装飾的といった形容辞は、えてして「女性的」という言葉と結びつきがちだが、澁澤の線のマニエリスムの背後には、このような「男性的」な倫理性(エートス)が潜んでいるらしいことを忘れてはなるまい。

いずれにせよ、澁澤の線への偏愛は、「現代美術」に対しても顕著で、池田満寿夫のドライポイントの自在な線、宇野亜喜良のモノクロームの線描、山本六三の「繊細巧緻をきわめた線」、加山又造の「禁欲主義的な線のエロティシズム」、そして城景都の「とめどもない線の錯綜」について語るとき、澁澤の筆致は生彩を放つ。澁澤が版画(もとより浮世絵を含めて)を好むというのも、けだし当然である。版画は基本的に線の芸術だからだ。

澁澤の美術論のもうひとつの特徴、それは反モダニズムとも、反抽象主義ともいいうるものだが、それがまたこういう文章を導いてくる。「私が興味をいだくのは、おのれの城に閉じこもり、小さな壁の孔から、自分だけの光り輝やく現実を眺めている、徹底的に反時代的な画家だけである」と。「現代の主流とは逆に、肉体(気質)が観念(アイデア)に先行しているような『密室の画家』たち」とも。「イデア」よりも「イコン」という澁澤の美術論の根幹のひとつの変奏ともいうべき表現であろう。この「画家」という言葉を「作家」あるいは「芸術家」に置き換えて本書の全体を読むこともできるかもしれない。「密室の芸術家たち」、いや、いまではいささかポピュラーになり過ぎたにしても。

ともあれ、宗達の犬や、蕭白の「大渦巻」や、二重螺旋のさざえ堂や、重源上人の金銅五輪塔や、はたまた地獄絵やお伽草子や百鬼夜行図などの「古典」をめぐる文章から、「現代」の作家たちについての多少温度差のなくもないもろもろの証言にいたるまで、澁澤の「イコン」逍遥を十分に楽しむことができよう。

【この解説が収録されている書籍】
書物のエロティックス / 谷川 渥
書物のエロティックス
  • 著者:谷川 渥
  • 出版社:右文書院
  • 装丁:ペーパーバック(318ページ)
  • 発売日:2014-04-00
  • ISBN-10:4842107588
  • ISBN-13:978-4842107585
内容紹介:
1 エロスとタナトス
2 実存・狂気・肉体
3 マニエリスム・バロック問題
4 澁澤龍彦・種村季弘の宇宙
5 ダダ・シュルレアリスム
6 終わりをめぐる断章

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

澁澤龍彦 日本芸術論集成  / 澁澤 龍彦
澁澤龍彦 日本芸術論集成
  • 著者:澁澤 龍彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(485ページ)
  • 発売日:2009-08-04
  • ISBN-10:4309409741
  • ISBN-13:978-4309409740

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

関連記事
谷川 渥の書評/解説/選評
ページトップへ