書評

『悪魔のいる文学史―神秘家と狂詩人』(中央公論新社)

  • 2017/12/11
悪魔のいる文学史―神秘家と狂詩人  / 澁澤 龍彦
悪魔のいる文学史―神秘家と狂詩人
  • 著者:澁澤 龍彦
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(308ページ)
  • 発売日:1982-03-10
  • ISBN-10:4122009111
  • ISBN-13:978-4122009110
内容紹介:
その絶望と狂気ゆえに、ヨーロッパ精神史の正流からはずれた個所で光芒を放つ文学者たち ― 。彼らの狂気が、調和を根底に築かれた「文化」の偽善性を射る。埋もれた異才を発掘する異色の文学史… もっと読む
その絶望と狂気ゆえに、ヨーロッパ精神史の正流からはずれた個所で光芒を放つ文学者たち ― 。彼らの狂気が、調和を根底に築かれた「文化」の偽善性を射る。埋もれた異才を発掘する異色の文学史。 【収録内容】「エリファス・レヴィ……神秘思想と社会変革」「グザヴィエ・フォルヌレ……黒いユーモア」「ペトリュス・ボレル……叛逆の狂詩人」「ピエール・フランソワ・ラスネール……殺人と文学」「小ロマン派群像……挫折した詩人たち」「エルヴェ・ド・サン・ドニ侯爵……夢の実験家」「シャルル・クロス……詩と発明」「ジョゼファン・ベランダとスタニスラス・ド・ガイタ侯爵……世紀末の薔薇十字団運動」「モンファコン・ド・ヴィラール……精霊と人間の交渉について」「シニストラリ・ダメノ……男性および女性の夢魔について」「サド侯爵……その生涯の最後の恋」「ザッヘル・マゾッホ……あるエピソード」「アンドレ・ブルトン……シュルレアリスムと錬金術の伝統」

やはりサドが光る 筆に沈潜の色にじむ

アンドレ・ブルトンの『通底器』を読む人は多くても、その冒頭に出てくるエルヴェ・ド・サン・ドニ公爵の著書『夢および夢を支配する法』をきちんと読む人間は、日本にはちょっと見あたらないだろうと思う。長いことこれは、フロイトもハヴェロック・エリスも入手できなかったという稀覯本だったのだ。読んでいなくても少しも恥にはならなかったはずである。それが一九六四年に新版として出た。いや、私などはその新版として出たこと自体、この『悪魔がいる文学史』の著者からじかに聞くまで知らなかった。渋沢氏(事務局注:原文ママ。以下同様)はとうの昔にエルヴェの本を手に入れて読んでいたのである。一口に勉強家といえばそのとおりに違いないが、渋沢氏が勉強家といってすむ人物でないのはあらためて説くまでもないことだ。

ペトリュス・ボレルなどについても同じことである。現今なら、ボレルの著書に熱中する人間が日本にかなり大勢いてもふしぎはない。私もいくつか短篇を読んだすえ、いま、長篇小説『ピュティファール夫人』というのを読んでいる最中である。しかし、十年前となると、ボレルの読者が日本にはたして何人いたか、知れたものではないだろう。渋沢氏は「私はいまから十三年ばかり前に、ボレルの『シャンパヴェール悖徳物語』中にふくまれる一短篇『解剖学者ドン・アンドレア・ベサリウス』を戯れに翻訳して、ある同人誌に発表したことがある」と書いている。「十三年ばかり前」とこともなげに記されてあるのを見て、私はいささか感慨がある。渋沢氏の先駆性について、いまさらながら思いあたることが多いのである。ブルトンにせよ、稲垣足穂にせよ渋沢氏がその名を口にしはじめてから四半世紀を越えている。これほど好き嫌いの一貫している人物も例が少ないにちがいない。厳密に好きな道だけ選んで、ついでに大いに道草を食いながら歩く。この『悪魔のいる文学史』はたしかにそういう人物の書いた本である。

まず、いまでは日本でも高名といってさして不自然はないはずの隠秘学者エリファル・レヴィが登場する。次いで、ザヴィエ・フォルヌレが、ピエール・フランソワ・ラスネールが、シャルル・クロスが顔を並べる。サドやマゾッホやブルトンが語られるのはいうまでもないし、十九世紀末の薔薇十字団運動をめぐるジョゼファン・ペラダンやスタニススラス・ド・ガイタ侯爵の動向も詳述されている。自殺のために生き、自殺のために書いた書いた詩人アルフォンス・ラップらを素描した「小ロマン派群像―挫折した詩人たち」と題する一章もある。

かつての『サド復活』『神聖受胎』に比べると、渋沢氏の筆が全体に「沈潜」の色を深めていることは明らかだ。第一、この文学史に登場するサドは、死を目前にして、五十六歳も年下のマドレーヌ・ルクレールという小娘に溺れる老爺にすぎない。

シャラントンの精神病院でマドレーヌに読み書きや歌などを教えるサドについて、渋沢氏は、「あの『閨房哲学』の悪徳の教師は、年とともに美徳の教師に変貌してしまったのであろうか」と書いている。筆に沈潜の色がにじむのも当然であろう。しかし、この本のなかで、一番調子の高い文章もまたサドをめぐる一章にある。「サドにおいて、社会が発見した罪なるものは、おそらく『仮借ない論理』という名の罪であったのである」「『すべてを明からさまに言う』という単純なことが、いかに体制にとって恐怖すべきことであったかは、サドの数々の受難の歴史を振り返ってみれば一目瞭然であろう」。――やはりサドを描く時の渋沢竜彦(事務局注:原文ママ)はいい、と考えながら私はこのあたりの記述を読む。サドは渋沢氏の切札だが、この特異な文学史においても、たしかに切札の役を果たしていると私は見た。
悪魔のいる文学史―神秘家と狂詩人  / 澁澤 龍彦
悪魔のいる文学史―神秘家と狂詩人
  • 著者:澁澤 龍彦
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(308ページ)
  • 発売日:1982-03-10
  • ISBN-10:4122009111
  • ISBN-13:978-4122009110
内容紹介:
その絶望と狂気ゆえに、ヨーロッパ精神史の正流からはずれた個所で光芒を放つ文学者たち ― 。彼らの狂気が、調和を根底に築かれた「文化」の偽善性を射る。埋もれた異才を発掘する異色の文学史… もっと読む
その絶望と狂気ゆえに、ヨーロッパ精神史の正流からはずれた個所で光芒を放つ文学者たち ― 。彼らの狂気が、調和を根底に築かれた「文化」の偽善性を射る。埋もれた異才を発掘する異色の文学史。 【収録内容】「エリファス・レヴィ……神秘思想と社会変革」「グザヴィエ・フォルヌレ……黒いユーモア」「ペトリュス・ボレル……叛逆の狂詩人」「ピエール・フランソワ・ラスネール……殺人と文学」「小ロマン派群像……挫折した詩人たち」「エルヴェ・ド・サン・ドニ侯爵……夢の実験家」「シャルル・クロス……詩と発明」「ジョゼファン・ベランダとスタニスラス・ド・ガイタ侯爵……世紀末の薔薇十字団運動」「モンファコン・ド・ヴィラール……精霊と人間の交渉について」「シニストラリ・ダメノ……男性および女性の夢魔について」「サド侯爵……その生涯の最後の恋」「ザッヘル・マゾッホ……あるエピソード」「アンドレ・ブルトン……シュルレアリスムと錬金術の伝統」

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図書新聞

図書新聞 1189号 掲載年月日不明

週刊書評紙・図書新聞の創刊は1949年(昭和24年)。一貫して知のトレンドを練り続け、アヴァンギャルド・シーンを完全パック。「硬派書評紙(ゴリゴリ・レビュー)である。」をモットーに、人文社会科学系をはじめ、アート、エンターテインメントやサブカルチャーの情報も満載にお届けしております。2017年6月1日から発行元が武久出版株式会社となりました。

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