書評

『恐竜の世界史――負け犬が覇者となり、絶滅するまで』(みすず書房)

  • 2019/09/03
恐竜の世界史――負け犬が覇者となり、絶滅するまで / スティーブ・ブルサッテ
恐竜の世界史――負け犬が覇者となり、絶滅するまで
  • 著者:スティーブ・ブルサッテ
  • 翻訳:黒川 耕大
  • 監修:土屋 健
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(368ページ)
  • 発売日:2019-08-09
  • ISBN:462208824X
内容紹介:
新化石の発見に熱狂し、新たな恐竜史を遠望する。気鋭の若手恐竜学者による「サイエンスライティングの傑作(ワシントン・ポスト)」

私たちにも起こりうる盛衰の物語

夏休みの定番恐竜である。近年恐竜研究は急速に進み、一昔前の怪獣と並べて語っていた時代とは異なり、進化の歴史の中で躍動する魅力的な生きものとして語れるようになっている。今一番面白い分野かもしれない。本書はその最先端で活躍する若手研究者が豊富な体験から語る物語である。「恐竜はどこから来て、どうやって支配者に成り上がったのか。どのようにして巨大化し、あるいは羽毛と翼を発達させて鳥に進化したのか。そして、なぜ鳥以外の恐竜が滅び、その結果として現代の世界に至る道が拓(ひら)け、私たち人類が誕生することになったのか。そんな壮大な物語を語ろうと思う」。これを聞きたいと思わない人がいるだろうか。しかも、「恐竜のすみかは私たちのすみかでもある」のだから、この物語から学ぶことは多いに違いない。

壮大な物語なので、各章のタイトルによって流れを見ておこう。まず、恐竜興る、台頭する、のし上がるが語られる。次いで、暴君恐竜、恐竜の王者が生れ、栄華を極める一方で、空へと飛び立つ。ところが、この恐竜が滅び、恐竜後の世界となるのである。

話は二億五二〇〇万年前から始まる。この頃大規模な火山の噴火で生物の大量絶滅が起き、三畳紀が始まる。ポーランドで動物の足跡化石を追う著者らは、この時期は足跡がほとんど見当らないことを知る。ところが、二億五〇〇〇万年前になると新しい種類の足跡が出てくる。この間二〇〇万年、這(は)っていた爬虫(はちゅう)類と異なり、直立歩行しネコほどの大きさで恐竜にそっくりの主竜類の登場である。これが多様化し、ワニへの道と恐竜への道を歩むのである。

二億三〇〇〇万年前には真の恐竜が登場していたことを示す化石がアルゼンチンの渓谷(イスチグアラスト)で発掘されている。すでに獣脚類、竜脚類、鳥盤類が登場している。ただ、大陸はパンゲア一つであり気候が不安定だった中では、偽鰐(ぎがく)類(ワニの祖先)の方が繁栄し恐竜は「ぱっとしない連中」だった。

ところが三畳紀の終わりに地球史上最大と言われる噴火で生態系が大打撃を受けた後、なぜか恐竜が種類、数を増やし、大型化したのだ。こうしてのし上がり、ジュラ紀には勝者となった恐竜はその後一億三〇〇〇万年もの間その地位を保つのである。大型化できた理由を近年の足跡化石研究から一〇-二〇トンもの体重があったとされる竜脚類を例に見ていこう。まず頸椎(けいつい)が伸び数も増えて長くて細い首が生れ、あまり動かずとも大量の餌(植物)を食べられるようになった。また成長が速かった。興味深いのは鳥と同じ気嚢(きのう)をもつ効率のよい肺である。気嚢は骨を軽くし、体熱発散のための表面積を増やす機能をもつ。これらが備わってこその支配者だとわかってきたのである。

なかでも人気のある肉食恐竜ティラノサウルス・レックスがどのような暮らし方をしていたか。化石研究から描かれる詳細な物語は本文を読んでいただきたい。ただ、近年研究者はT・レックスが群れで狩りをしていたと考えていること、脳の化石のCTスキャンから嗅球(きゅうきゅう)がとくに大きいとわかったことは記しておこう。

こうして白亜紀末期(約八三六〇万-約六六〇〇万年前)には現在とほぼ同じ世界地図の中でさまざまな場所にさまざまな恐竜が栄えていた。以前は日本には恐竜はいないとされていたが、今や福井県で発見された“フクイ”と名のつく恐竜たち、北海道の“むかわ竜”など子どもたちにもなじみである。しかし、六六〇〇万年前のある日、彗星(すいせい)または小惑星がユカタン半島に落下し栄華を極めていた非鳥類型恐竜は絶滅する。

非鳥類型と書いたのは、今やこれより一億年前に空へと飛び立ち鳥になった恐竜がいることが定説だからである。「鳥は恐竜である」。本書にも明快に書かれている。実は1960年代に鳥に似た恐竜化石が見つかり「低能で地味で鈍重なデカブツ」のイメージを変える「恐竜ルネサンス」は起きていた。近年中国で羽毛恐竜の化石が次々と発見され、それが確実になってきたのである。この研究の渦中にある著者は「これほど研究者冥利に尽きることはない」と語る。鳥の特徴である気嚢、細い三本の指のある後脚、左右の鎖骨が融合した叉骨など、すべて恐竜がもっている。行動でも卵を抱えるところから始まる子育てが見られる。

ところで、なぜ非鳥類型恐竜は絶滅したのか。生き残った動物は小型・雑食・巣穴や水中に隠れられるなどの特徴があるが、その時の状況を解くのはこれからだ。

著者は最後に書く。「恐竜がかつて収まっていたその座に、今では私たち人類が座っている。」「恐竜に起きたことは、私たちにも起こりうるのではないか」と。

本書の魅力は恐竜の壮大な物語だけでなく研究者の日常の物語にもある。大学院生として初めてポーランドを訪れ、駅に迎えに来てくれた同じ大学院生と足跡化石をとことん調べる中で人間も研究も育っていく。発掘現場での著者の高揚感を共有するのはなんとも楽しい。
恐竜の世界史――負け犬が覇者となり、絶滅するまで / スティーブ・ブルサッテ
恐竜の世界史――負け犬が覇者となり、絶滅するまで
  • 著者:スティーブ・ブルサッテ
  • 翻訳:黒川 耕大
  • 監修:土屋 健
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(368ページ)
  • 発売日:2019-08-09
  • ISBN:462208824X
内容紹介:
新化石の発見に熱狂し、新たな恐竜史を遠望する。気鋭の若手恐竜学者による「サイエンスライティングの傑作(ワシントン・ポスト)」

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年8月18日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

関連記事
中村 桂子の書評/解説/選評
ページトップへ