いもくって ぶ、のおじちゃん
私の本棚を眺めていた息子が、「あ、たにかわしゅんたろう!」と嬉しそうに指さした。確かにそこには、集英社文庫の『谷川俊太郎詩選集』が1から3まで並んでいる(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2008年)。ひとつひとつの漢字が読めるわけではない。ひとかたまりの絵のようなものとして「谷川俊太郎」が「たにかわしゅんたろう」なのである。有名人なので呼びすてで申し訳ないが、さらに大胆なことに、「いもくって ぶ、のおじちゃんだよね」などと息子は言っている。
『幼い子の詩集 パタポン①』『幼い子の詩集 パタポン②』という可愛らしい詩集があって、かさばらないので、子どもとのちょっとしたおでかけのときなど、バッグに入れていくことが多い。隙間のような時間でも、短い詩なら読んでやることができるし、収められている詩が、どれも本当によくて、読んでいるこちらまで心が豊かになってくる。
まど・みちお、川崎洋、草野心平、阪田寛夫、A・A・ミルン……宝石のような言葉たちが、気どらず、楽しげに、ここには詰まっている。レイアウトもきれいで、すべての漢字に薄い茶色でルビがふってあるのも、優しい心くばりだ。
この詩集のなかで、目下、息子のダントツのヒーローが「谷川俊太郎」である。とにかく、谷川さんの詩のところへくると、喜びようが半端ではない。たくみな言葉遊びやリズムに加え、「おなら」とか「ちんぽこ」とか、子どもの喜ぶツボが、しっかり押さえられているのが、いいのだろう。
もちろん、それだけではなく、子どもの心をとらえる谷川マジックが、密かに使われているのだろうが。「いもくって ぶ」というのは、「おならうた」という詩の、冒頭の一節だ。
先日、谷川俊太郎さんが出演される朗読の催(もよお)しがあったので、息子と出かけてきた。子どもが楽しめるプログラムということで、会場には大勢の親子連れが集まっていた。
「かっぱかっぱらった かっぱらっぱかっぱらった……」。『パタポン』で親しんでいる詩が朗読されると、「あー、これ、しってる!」とひときわ嬉しそう。そして我々親子の期待どおり「おならうた」も登場。まわりの子どもたちの反応を見ていると、やっぱり「おなら、おなら」と大喜びだ。たぶん、ふだんなら顔をしかめるであろうお母さんたちも、谷川先生が読まれるのだからと、ありがたく「おならうた」を拝聴していた。
プログラムに印刷されていた「谷川俊太郎」や、『パタポン』にルビつきで書かれている「谷川俊太郎」などを見ているうちに、息子は読めるようになったようだ。「俵万智」より先、というのが、母としてはちょっと悔しい。
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