後書き

『独裁者はこんな本を書いていた 上』(原書房)

  • 2019/11/12
独裁者はこんな本を書いていた 上 / ダニエル・カルダー
独裁者はこんな本を書いていた 上
  • 著者:ダニエル・カルダー
  • 翻訳:黒木 章人
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(303ページ)
  • 発売日:2019-10-19
  • ISBN:4562057033
内容紹介:
「人類史上最悪の本」を実際に読んでみた! 20世紀の悪名高き独裁者たちは、何を読み、何を執筆したのか。レーニン、スターリン、ムッソリーニ、ヒトラー、毛沢東、フセイン、金正日ほか、東西20人以上の独裁者の著書を網羅し解説する。
レーニンの『国家と革命』、ヒトラーの『わが闘争』、聖書に次ぐベストセラー『毛主席語録』……。誰もが知っているタイトルだが、実際に読んだことのある人はどれくらいいるだろうか。
本書は、悪名高き20世紀の独裁者、それも東西20名以上もの独裁者たちが執筆した有名すぎる本からマニアックな論文まで入手な可能な限り目を通し、わかりやすく解説した世にも貴重な〈独裁者文学〉の研究書。ちょっぴり辛口な文学ガイド本でもある。
独裁者たちの作家としての意外な一面が次々と明かされる『独裁者はこんな本を書いていた』(上下)の訳者あとがきを公開する。

"言葉の毒ガス"という大量殺戮兵器

あらためて言うまでもないことだが、二十世紀はとんでもない時代だった。前半に立て続けに二回勃発した人類史上初の世界大戦は、夥(おびただ)しい数の人命を奪った挙句に核兵器の登場で幕を閉じた。後半は、二回の大戦に勝ち残ったふたつの超大国が静かで熱い覇権争いを繰り広げ、前半に負けず劣らずの大きな災厄と不幸を全世界に撒き散らした。
そんな最低最悪の二十世紀の主役は、本書の上巻で論じたレーニン、スターリン、ムッソリーニ、ヒトラー、毛沢東らを筆頭とする独裁者たちだ。この〝五大巨頭〟とその他の独裁者たちの人となりと生涯については、これまでさまざまに論じられてきた。しかし本書では、独裁者たち本人ではなく彼らの著書に主眼が置かれ、その中身を掘り下げることによって彼らの心の奥底を覗き込むという、これまでにない斬新な試みがなされている。
著者のカルダーは、独裁者たちが開発した〝言葉の毒ガス〟という大量殺戮兵器の成分を分析し、その使用戦略と被害について精査する。その結果見えてくるのは、恐ろしいまでに空疎でありながら邪悪な言説の数々と、そうしたものが生み出した真空を満たす血と暴力だ。言葉は人間に喜びと希望と救いを与えるが、使い方によっては恐怖と憎悪、そして死をもたらす。結局のところ、二十世紀とは禍々(まがまが)しい言葉に満ちた時代だったのだ。

〈独裁者文学〉じつは現代にも存在

二十一世紀の現在は、五大巨頭のような独裁者はまだ登場していないように(今のところは)思えるが、前世紀の独裁者たちが編み出したテクニックは生きている。
現代の独裁者志向の為政者たちは、先人たちのように自前の言葉や理論を生み出す意志も頭も持ち合わせていないのだが、そのくせ歴史を改竄(かいざん)し捏造し、不都合な事実や数値を隠蔽し捻じ曲げるというところだけは真似て実践している。そして禍々しい言葉も、インターネット空間とそれを基盤にしたソーシャルメディアで、毎日どころか毎分毎秒ごとに膨大な量が生み出され、世界中に拡散していく。
〈独裁者文学〉の伝統は、中身がすかすかの簡易版となって今も生きているのだ。カルダーは、〈独裁者文学〉の基礎となっている終末待望論は、独裁者が(これまでのところ)誕生しなかったアメリカの根底にも流れており、その伏流水は地表に噴いて出るタイミングを待っていると論じる。

10年の歳月を費やし完成した希有な研究書

百年ほどの歴史しかないとはいえ、人類史に途轍もない大惨事をもたらした〈独裁者文学〉を十年もかけて研究した本書は、まごうことなき労作だ。そしてその分、翻訳作業もやりがいがありつつも困難なものだった。
ここで白状するが、本書の翻訳依頼をふたつ返事で引き受けたまではよかったが、仕事を始めるなり「こりゃとんでもないことになった」とわたしは思った。まだ左翼勢力がそれなりの力を保っていた一九八〇年代に京都の左翼色の強い大学に通っていたくせに『共産党宣言』も『資本論』もまともに読んだことのないわたしの前に、いきなりレーニンとスターリンという高くて大きな、回避ルートのない壁が立ちはだかったのだ。
難解で無味乾燥な言葉でできた、手掛かりのほとんどないつるつるの絶壁を、わたしは拙い知識を総動員して、文字通り爪を食い込ませるようにしてよじ登っていった。そうした悪戦苦闘の末に乗り越えた壁の向こう側に広がっていた、ムッソリーニの描く色彩と活力に満ちたファシズムの世界の、なんと素晴らしかったことか!
それまでわたしは、労働者の楽園がやって来るだとかローマ帝国の栄光が再来するだとかアーリア人種の優越性だとか、そんな戯言をどうしてインテリを含めた当時の人々は信じてしまったのか不思議でならなかった。しかしこのときばかりは、想像を絶する苦難の時代のさなかに、現在から見れば与太話としか思えない預言にころりとだまされてしまった、ロシアとイタリアとドイツと中国の人々の気持ちがほんの少しだけ理解できたような気がしたものだ。

[書き手]黒木章人(翻訳家)
独裁者はこんな本を書いていた 上 / ダニエル・カルダー
独裁者はこんな本を書いていた 上
  • 著者:ダニエル・カルダー
  • 翻訳:黒木 章人
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(303ページ)
  • 発売日:2019-10-19
  • ISBN:4562057033
内容紹介:
「人類史上最悪の本」を実際に読んでみた! 20世紀の悪名高き独裁者たちは、何を読み、何を執筆したのか。レーニン、スターリン、ムッソリーニ、ヒトラー、毛沢東、フセイン、金正日ほか、東西20人以上の独裁者の著書を網羅し解説する。

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