書評

『日本近代史学事始め―一歴史家の回想』(岩波書店)

  • 2021/09/13
日本近代史学事始め―一歴史家の回想 / 大久保 利謙
日本近代史学事始め―一歴史家の回想
  • 著者:大久保 利謙
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(199ページ)
  • 発売日:1996-01-22
  • ISBN-10:400430427X
  • ISBN-13:978-4004304272
内容紹介:
1900年、大久保利通の孫として生まれた著者は、大正デモクラシーのなかで歴史家として出発し、日本近代史研究の先鞭をつけた。先駆的研究の数々にくわえ、憲政資料室創設を中心とした史料整備、そして史料編纂事業など、学界に対する寄与ははかりしれない。若き日に接した学者群像の思い出を含め、興味深いエピソードに満ちた回想録。

華族社会を活写した回顧談

天皇のことを「天ちゃん」と、身内意識があるからこそあえて呼べる華族独得の世界がある。侍気分をもっている反面、バタくさくて欧米に対する信頼感をもって生活している開明官僚の世界がある。戦時中に治外法権であった華族会館を駆使して、明治憲法制定過程を研究する自由のある学者エリートと華族を包む世界がある。

これらの世界はいずれも今日、歴史の彼方に消え去ろうとしている。維新の元勲大久保利通を祖父にもち、自ら日本近代史学の父祖となった著者が、自由闊達(かったつ)に語った回顧談の面白さは、歴史の帳(とばり)の中から知る人ぞ知る閉じられた世界の姿を、それこそきのう今日のことのように生き生きと語っている点にある。

しかもこの回顧談は、よくありがちな与太話に堕していない。計算された脱線はあるものの、全体を著者自身の人生に即して五章立てにきちんと整理し、言うべきは言う姿勢を崩していない。幼くしてサロンのような邸宅で荒木貞夫にかわいがられ、学習院では乃木希典の自刃にショックをうけ、鈴木大拙に英語を習い、白樺派文学青年としてすごした日々。そして河上肇にひかれて京大経済学部に行き、東大国史学科に転ずる。三上参次、黒板勝美、辻善之助、平泉澄(きよし)、村上直次郎といったスタッフを揃(そろ)えた国史学科は、著者によれば「官学アカデミズムのいちばんいい時期」にあたっていた。

著者の近代史学は、帝国大学史の編纂(へんさん)に始まり、明治文化研究会と尾佐竹猛(おさたけたけき)との出会いによって決定的となる。そして戦前の憲政史編纂事業から、戦後の憲政資料室(国会図書館)へとつながっていく。さり気なく語られる土屋喬雄、徳富蘇峰、美濃部達吉といった人々のエピソードも興味深い。

本当にこの人がいたからだと実感する。著者のような出自の人が、近代史史料の収集と公開に尽くしたからこそ、今日の憲政資料室の存在があるのだ。「軍人が嫌いで、官吏とかサラリーマンとかにも不向きなわたしにとって、歴史研究の道はまさに天職ともいうべきものでした」と述懐した著者は、二十一世紀を迎えることなく、本書公刊の直前に天命を終えた。御冥福(ごめいふく)を祈りたい。
日本近代史学事始め―一歴史家の回想 / 大久保 利謙
日本近代史学事始め―一歴史家の回想
  • 著者:大久保 利謙
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(199ページ)
  • 発売日:1996-01-22
  • ISBN-10:400430427X
  • ISBN-13:978-4004304272
内容紹介:
1900年、大久保利通の孫として生まれた著者は、大正デモクラシーのなかで歴史家として出発し、日本近代史研究の先鞭をつけた。先駆的研究の数々にくわえ、憲政資料室創設を中心とした史料整備、そして史料編纂事業など、学界に対する寄与ははかりしれない。若き日に接した学者群像の思い出を含め、興味深いエピソードに満ちた回想録。

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 1996年2月18日

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