ここで扱う「エゴ・ドキュメント」とは歴史学の史料としての価値を問題とする。形態としては、書簡、日記、旅行記、回想録、自叙伝、聞き語り、検診記録、警察調書、法廷審問、写真、歌、映画、自画像、メモ、落書きなどがあげられる。ありふれた個人の語りを用いながら、西洋史と日本史の専門研究者10名がそれぞれの事例を分析する。
「序章」では、研究史をたどりながら、記憶・感情・欲望などの主観性と過去を再構成するための方法論を考察する。中世末期イタリアの「魔女裁判」を扱う章では、審問記録から告白書にいたる段階で、嫌疑をかけられた女性の心の変化の謎が解明される。「話すこと(オーラル)と書くこと(エクリ)の間(あわい)」を主題とする章では、18世紀フランスの女性作家の書簡体小説のなかで、女性の自己表出をめぐって、作家と主人公との関係が解きほぐされる。「遊女の日記」をとりあげる章では、幕末期におこった遊郭の遊女による集団放火事件をめぐって、ひらがなで綴(つづ)られた遊女の日記を手がかりに、書くという作業がどのような内面の力になったかを解明する。
比較史研究ならではの最新成果として読み甲斐のある一書である。