書評

『ねむり姫―澁澤龍彦コレクション』(河出書房新社)

  • 2017/07/06
ねむり姫―澁澤龍彦コレクション 河出文庫 / 澁澤 龍彦
ねむり姫―澁澤龍彦コレクション 河出文庫
  • 著者:澁澤 龍彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(256ページ)
  • 発売日:1998-04-01
  • ISBN-10:4309405347
  • ISBN-13:978-4309405346
内容紹介:
ねむれる森の美女さながら永いねむりについてしまった美しく幼ない姫に魅入られるかのごとく数奇な運命をたどる腹違いのひとりの童子―中世の京の都を舞台にくり広げられる男と女の不可思議な生涯を物語る「ねむり姫」ほか、実母の生んだ牝狐を愛し命を奪われてしまう男の物語「狐媚記」など、古今東西の典籍を下敷きに構築されたあやかしの物語六篇。

玉の話

六つの物語を一巻に編んだ綺譚集である。コント・ファンタスティック、すなわち世にも不思議な物語を、サドやフランス幻想小説の翻訳家として知られる著者が、この度はわが国の古典や江戸随筆に想をとり、自在に引用の網をめぐらして紡ぎ出した。

帯文に「姫と童子のものがたり」とあるのは言い得て妙で、どの物語にも両性の恐るべき子供たちが登場して活躍する。いや、もっと要約すれば、六つの作品はすべて「玉」をめぐる物語といえそうだ。げんに冒頭の作品「ねむり姫」は、その名も珠名姫という女主人公が透明な球形のねむりのなかに閉じ込められてしまう物語であり、「狐媚記」は狐玉をめぐる因果話、「画美人」は卵から生まれたように臍のない美人の話である。

具体的に玉らしい玉の出てこない他の作品は、玉が魂(たま)に通じる消息をふまえている。ユング心理学では男性の心のなかの理想の女性像をアニマと呼び、女性のそれはアニムスという。「ぼろんじ」の女装をした若侍と、彼を恋する男装の少女とが旅の途上でめぐり合い、お互いにそれと知らずに影と実体のように合体してしまう結末などは、いわばアニマとアニムスの二つの魂が相寄り一体となって、女でも男でもあるアンドロギュヌス(男女両性具有者)の幻想を形作るのである。魂合(たまあ)うというのがこのことだろう。古歌にいう「天地に思ひ足らはし玉相者君来ますやと」である。

「夢ちがえ」という短篇は、逆にアンドロギュヌス幻想の破綻を語る。聾唖のために、生まれながらにして球形の不感無覚のなかに閉じ込められた万奈子姫が、邪悪な男に恋をしたために、一面では完全無欠の玉であった不感無覚をむざんに砕かれてしまうのだ。とまれ口にくわえられるくらいの小さな玉から、男女二人や幾人もの人びとの運命を包む球体にいたるまで、大小の玉がたがいに入れ子状に組み合わさり、最後にこの綺譚集の世界そのものが、世のすべての玉を容れる玉と化してゆく。

それかあらぬか末尾に置かれた「きらら姫」という作品は、少年大工音吉がきらら姫に呼ぼれて神隠しに遭う話だが、きらら姫その人は最後まで姿を見せない。小説集がそのまま読者を包むきらら姫なる玉と化したので、内部からは玉が見えなくなるからだろう。それにつれて読者は作品世界への神隠しを堪能する。

【この書評が収録されている書籍】
遊読記―書評集 / 種村 季弘
遊読記―書評集
  • 著者:種村 季弘
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(268ページ)
  • ISBN-10:4309007767
  • ISBN-13:978-4309007762

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ねむり姫―澁澤龍彦コレクション 河出文庫 / 澁澤 龍彦
ねむり姫―澁澤龍彦コレクション 河出文庫
  • 著者:澁澤 龍彦
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(256ページ)
  • 発売日:1998-04-01
  • ISBN-10:4309405347
  • ISBN-13:978-4309405346
内容紹介:
ねむれる森の美女さながら永いねむりについてしまった美しく幼ない姫に魅入られるかのごとく数奇な運命をたどる腹違いのひとりの童子―中世の京の都を舞台にくり広げられる男と女の不可思議な生涯を物語る「ねむり姫」ほか、実母の生んだ牝狐を愛し命を奪われてしまう男の物語「狐媚記」など、古今東西の典籍を下敷きに構築されたあやかしの物語六篇。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 1984年1月9日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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