農業への危機感と希望と
「タネの話をするから聞いてほしい――。」「そうと聞いて大喜びで前のめり気味に話を聞きたがる人は、日本中探してもほとんどいないだろう……ということは、一応、自分でも分かっているつもりだ。」このように始まる本書。著者は、中学三年生でタネに関する会社をつくり、高校二年生の今は、大学受験を気にしながらも「学業以外の時間をすべてタネにつぎ込んでいる」。その思いを語ろうというのだから、ここはじっくり聞こうじゃないか。一人の大人としてそう思う。
小さい頃から公園でドングリや松ぼっくりを集めることが大好きだった著者は、小学校でのアサガオ栽培でのタネ採りに始まり、植物を育てることに熱中する。そのうち、タネから野菜を育てたいと思うようになり、野菜栽培に関する本を片っ端から読んでいく。対象はいつか古書にまで広がり、昭和初期の「農業」の教科書に、すでに栽培されなくなっている国産種を見つけ、これを育てたくなる。
そこで始まったタネ探し。幸い、長野、新潟、岩手という農業県に親戚があるので、そこのタネ屋巡りに始まり、中学生になるとインターネットで調べるようにもなる。その中で目的のタネも種苗店も消えていきつつあることに気づく。長い間受け継がれてきたタネは一度途絶えたら二度と手に入らない。それは地域の文化を失うことでもある。
ここで著者は決心する。これはもう趣味ではない。お小遣いでは旅費も足りなくなってきたし、事業にしよう。目的は、日本の伝統野菜のタネを守ること。それには「地域を越えてタネの需要を生み出し、全国規模で流通させる仕組みが必要だ」。そこで高校合格を手にした中学三年生が父親と一緒に税務署に開業届を提出する。屋号は「鶴頸(かくけい)種苗流通プロモーション」。無名の伝統野菜のタネを流通させる仕事の始まりだ。
高校生がここまで決心したのは、このままではタネは必ず消えるという危機意識からである。課題は三つある。まず、特定の組織や個人が世界中のタネを独占すること。タネの主流はF1と呼ばれる一代限りのものになっており、今も多くを大企業が持っている。次に、温暖化などの環境変化が激しいこと。三つめが農家による自家採種が制限されようとしていること。法律もその方向に変えられつつある。ここには組換えDNA作物の普及とも関連した今後の農業のあり方という課題があり、実情を知るにつれて危機感が高まるのはよくわかる。
的確な現状認識とこれからの農業、更には伝統文化にまで思いを致しての事業開始だが、その具体はとても日常的で微笑(ほほえ)ましい(ちょっと失礼な言い方かなと心配しながら)。事務所は自室で、入り口に筆で屋号を書いた貼紙がある。主な作業は、趣味の頃と同じく、リュックを背負っての旅だが、事業主としてアポをとっての訪問であり、相手も時間をとってくれる。こうして集めたタネを工夫して作った茶色の紙袋に入れ、協力してくれる八百屋、花屋、本屋などに手数料三割で置いてもらう。大事なのが家族の協力。とくに中二と小六の妹たちは、雑用係と自称しながらお兄さんが大好きで大事な働き手だ。
「農業界はたぶん、いいほうへ変わっていく」。最後に著者はこう書く。タネ流通業を通して人に接している中で、多様な経歴の人が農業に入るハードルが下がっているという実感からの言葉である。頼もしくすてきな次世代への期待が膨らんできた。宙くんいいぞ!