書評

『売り渡される食の安全』(KADOKAWA)

  • 2020/01/02
売り渡される食の安全 / 山田 正彦
売り渡される食の安全
  • 著者:山田 正彦
  • 出版社:KADOKAWA
  • 装丁:新書(240ページ)
  • 発売日:2019-08-10
  • ISBN-10:4040822986
  • ISBN-13:978-4040822983
内容紹介:
安心・安全の放棄に突き進む――なぜ日本だけが世界と逆走するのか?

「共」の解体に手を染めた安倍政権

十月に署名された日米貿易協定の承認案が衆院本会議で賛成多数で可決、来年一月に発効が見込まれている。米国産の牛肉や豚肉、小麦、乳製品の一部で現在のTPP(環太平洋パートナーシップ協定)並みに関税を引き下げ、一方自動車の対米輸出については数値目標や追加関税が盛り込まれなかったことが成果と政府はみなしているという。

対日貿易赤字の削減を目標とするトランプ米大統領は、十一月十七日のツイッターで“Japan deal DONE. Enjoy!”と喜びを爆発させている。八月に安倍晋三首相がトウモロコシの大量購入を申し出たと言われるが、自動車輸出を維持、米国産農産物の輸入を増やす方向で合意したということだ。

米国の対日貿易赤字は日本の対米貯蓄超過の裏返しで、赤字削減だけを目標にすることは不可能だから、米国側のこねる駄々に日本側も合わせた格好だ。だが、事態は別の意味で深刻だ。「規制」には経済的規制と社会的規制があり、前者の関税は大国間の交渉では緩和(引き下げ)やむなしとしても、後者は一国の歴史や自然を守るものであり、決して経済交渉の材料にしてはならない。

著者は民主党政権時代に農相を務め、TPPに反対して辞任。上述の社会的規制のひとつでありながら二○一八年に廃止された「種子法」(主要農作物種子法)に焦点を当て、安倍政権が何を強行しているのか、現場を知る目で描き出している。

植物の種子は、地域の風土に合わせて進化する。交配により新種が生み出されても、代々の量と質が安定する固定種となるには、長い時間と労力を要する。そして米麦大豆の主要農作物は、一九五二年制定の種子法にもとづいて、国が都道府県ごとに設置した試験場で優良な種子(「原種」)を開発・管理してきた。その結果、現在のコメでいえば二八六銘柄に達する多様な種子が安価に提供されている。稲作では農家の約一割が自家採種しているが、多くは採種農家が原種より生産する一般種子を購入してきた。

その一方で内外の民間企業が、遠縁同士を掛け合わせ、作物の大きさや形状が整う一代限りの「F1(Filial1 hybrid)」種を開発している。遺伝子組み換えやゲノム編集で新種を生み出し特許を獲得してきた多国籍アグリ企業、なかでもモンサント社(二〇一八年にバイエルが買収)は、散布した周辺の草を全滅させる強力な農薬「ラウンドアップ」とともに、それを浴びても生き延びる種を開発、種子と農薬の抱き合わせ販売で巨大化した。

ところがカリフォルニアで「ラウンドアップ」の発がん性に注意喚起しなかったという理由で提訴され、二〇一八年に三百二十億円の損害賠償を命じられると、同社に対する告訴は一万三千件に上っている。

そうした趨勢(すうせい)を尻目に安倍政権は、農水省や消費者庁に意を汲(く)んだ人材を配備し、試験場が育んできた種子にかんする知見を民間に明け渡し、自家採種を原則禁止とし、ラウンドアップ訴訟につき周知することなく成分の残留基準を大幅緩和して、非遺伝子組み換えの表示を事実上禁じている。「数年の間に日本は世界のゴミ捨て場になってしまう」と著者は怒る。

安倍政権の行動は、二〇一六年に日本がTPPの批准に際し日米間で交わした文書を根底とし、漁業法や水道法の改定もそれに由来すると著者は言う。

種子にかんする知見は地域という「共」に属している。安倍政権では公私混同が横行するが、それは「共」の解体と売り渡しに手を染めたからと感じさせられる書である。
売り渡される食の安全 / 山田 正彦
売り渡される食の安全
  • 著者:山田 正彦
  • 出版社:KADOKAWA
  • 装丁:新書(240ページ)
  • 発売日:2019-08-10
  • ISBN-10:4040822986
  • ISBN-13:978-4040822983
内容紹介:
安心・安全の放棄に突き進む――なぜ日本だけが世界と逆走するのか?

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2019年12月1日

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