書評
『カラオケ・アニメが世界をめぐる―「日本文化」が生む新しい生活』(PHP研究所)
あちこちで現地化する日本の生活文化
上海でもシンガポールやハノイでも、繁華街を歩けばカラオケ・バーが目につく(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1996年)。大人たちが外でカラオケに興じている時、子供たちは家で何をしているかというと、アニメを見ている。拙宅にホームステイしたインドネシアの高校生が、タタミやショージ、靴を脱ぐことや座ること、といった日本式の住まい方について良くわきまえているので、どこで知ったのか聞くと、答えは「ドラえもん」。
カラオケとアニメの二つは、生み出した当の日本人がそう意識しないにもかかわらず、今ではアジア諸国の共有する生活文化にまで成長している。
さすがにヨーロッパではカラオケの看板を見かけることは少ないが、ことアニメについてはアジアと変わらない。先日、フィレンツェのホテルでテレビをつけると、一休さんの青い頭が飛び出してびっくりした。チャンネルを回すと、聖闘士星矢のような古いのをやっていたが、もっと新しいのにしたらいいのにと余計な心配をしてしまった。
カラオケ、アニメをはじめマンガ、コンピューターゲーム、ショーユ、インスタントラーメン、日本食、風呂、日本庭園、ボンサイ、ハイク、ジュードー、カラテ、コーバン、といった日本生まれで世界に進出した生活文化のもろもろの現在を探訪した一冊である。
たとえばマンガ。ヨーロッパの(日本)マンガ文化の中心はパリで、その発信源となっているジュンク堂書店にまずゆく。ワンフロアーがマンガで埋められているが、ほとんどは日本語のままで訳書はわずかしかない。著者はフランス人が“原書 ”を読んでいるのかといぶかり、店員にたずねると、「日本で新刊漫画が出る頃には、いつ入荷するかの問い合わせが電話でよくかかってくる」くらいの状態にあるという。次に訪ねた店では、「日本漫画を買い求める女性を見かけた。その女性に、日本の漫画と知って買っているのかと尋ねたところ、もちろんそうだとの返事が返ってきた。驚いたことにこの人は、スペインから漫画本の買い付けに来ているという。日本の漫画を何冊か手にして、カウンターで支払いをするその女性の姿を見ているうちに、日本漫画の普及は、たんなる風俗現象、一過性の流行現象ではないぞという気持ちがわいてきた」。
こうした、日本から世界に出て行っているもろもろを、著者は先発のお茶や生け花と比較する。お茶と生け花は、日本の代表として、優秀で精神性の高い親善大使として海外に出かけた歴史を持っているが、それゆえに教養主義的で、同時に日本固有の型を守ろうとする意識が強く、普及という点ではおのずと限界はいなめないという。一方、マンガ、ボンサイ、近年ではハイクなどは、政府とは関係なく私費で勝手に、時には密航して出かけ、現地の人々に受け容れられ、その過程でどんどん現地化し、定着してゆく。フランスではマンガは、日本産と知らずに楽しむ人も増えているし、ドイツのボンサイ好きはクリスマスツリー仕立てをする。インドの俳界は季語を解さない。
世界の人々は、マンガのストーリーと絵が素晴らしいから読み、ボンサイは室内に飾ると美しいから仕立て、ハイクは小学生でも楽しめる詩の形式だから学んでいるのである。かつてのような日本へのエキゾチズムや神秘主義的あこがれはもはやない。一方、日本の方にも、世界で評価されたからエライというような考え方もない。まことに当たり前な状態が生まれている。
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