書評

『「世界のクロサワ」をプロデュースした男 本木荘二郎』(山川出版社)

  • 2021/09/10
「世界のクロサワ」をプロデュースした男 本木荘二郎 / 鈴木義昭
「世界のクロサワ」をプロデュースした男 本木荘二郎
  • 著者:鈴木義昭
  • 出版社:山川出版社
  • 装丁:単行本(312ページ)
  • 発売日:2016-08-11
  • ISBN-10:4634150948
  • ISBN-13:978-4634150942

黒澤明のプロデューサーを経て、ピンク映画の監督になった男の評伝

1977年5月21日、西新宿の安アパートで本木荘二郎は死んでいた。孤独な老人の貧しい死だった。彼の部屋の押し入れからはヴェネチア国際映画祭の金獅子賞の像が出てきた。孤独な老人の過去にいったい何があったのか?

本木荘二郎はピンク映画の監督であった。「かわいいスケベなお爺ちゃん」と女優たちからはときにけむたがられ、ときに愛される老人だった。その彼が元は有名なプロデューサーだったことを知っていた業界関係者はそう多くはなかったという。彼の過去を知るひとりだった山本晋也は黒澤明に電話をかけた。黒澤は電話口で絶句したのち、「本木とは縁を切ったから……」とだけ言って電話を切った。彼が葬儀に来ることはなかった。

本木荘二郎はもともと東宝のプロデューサーだった。藤本真澄、田中友幸と並んで東宝の3大プロデューサーと言われたひとりだが、もっぱら黒澤明とのコンビでよく知られていた。『生きる』(52年)や『七人の侍』(54年)といった名作中の名作を黒澤に作らせ、『羅生門』(50年)のヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞で「世界のクロサワ」にしたのが本木である。その彼が、どうして零細ピンク映画の監督にまで身を落とすことになったのか?

その問いに答える人間として鈴木義昭を得たのは幸運なことだった。鈴木は何よりも『ピンク映画水滸伝――その二十年史』(プラザ企画)などの著書を持つピンク映画史の研究家であったからだ。鈴木ならば本木がかかわったピンク映画を色眼鏡なしに正しく評価し、単純な「零落の老映画人」ではなくその姿を描くことができるだろう。本書『「世界のクロサワ」をプロデュースした男本木荘二郎』(山川出版社)は、その期待に答えてくれる評伝である。

本木は昭和13年、NHKを退社してPCL(東宝撮影所)に入社する。撮影所の2年先輩だったのが黒澤明である。2人は谷口千吉、本多猪四郎らとともに山本嘉次郎監督門下で助監督として働く。この面子からもわかるように、彼らには大きな期待がかけられていた。助監督グループのなかで本木だけは撮影所長・森岩雄に見込まれてプロデューサーへ転身を果たす。だが、助監督時代に結んだ絆はたやすくは切れなかった。戦後、本木ははじめての黒澤明作品『素晴らしき日曜日』(47年)をプロデュースする。本木は黒澤と脚本家・植草圭之助を組ませただけでなく、戦後の焼け跡における青春映画を作るというアイデアを共有するなど、積極的な共作者として映画作りにかかわっていた。丁寧な作業で本木の映画へのかかわりが確認されていく。

本木と黒澤はさらに関係を深めてゆき、それは映画芸術協会から東宝に復帰しても変わらない。それは『生きる』『七人の侍』といった傑作に結実する。黒澤のわがままを受け止め、しばしば会社との防波堤になったのが本木であった。黒澤の存在が大きくなり、予算も撮影日数も超過するのが当たり前になっていくにつれ、本木はますますそうした存在とみられることが多くなっていく。やがて『蜘蛛巣城』(57年)撮影中に起きた事件により、本木はすべてを失う。東宝を退社し、離婚してすべての財産を妻に引き渡すことになった。

その事件がなんだったのか、本の中ではっきりと語られることはない。どうやら金関係のトラブルで、多くの人に迷惑をかけたということがわかるだけだ。だが、その後もなおも本木は元気であり、決して落魄の存在などではなかった。ピンク映画のスターだった新高恵子は言う。「女好きだからピンク映画の監督をやっているという感じではなかったです。ただ、映画が好きだったんじゃないですか。現場が、好きだったんだと思うわ」

ピンク映画は必ずしも裸が好きな男たちの吹きだまりではない。それは、少なくともある時期までは、新しい映画の最前線であった。あるいは本木は、焼け跡に新しい青春映画を作ろうとしたときのように、希望に燃えてさえいたのかもしれない。

そしてまた、本木を失ったあとの黒澤はどうだったろうか。その後の黒澤は『隠し砦の三悪人』(58年)や『用心棒』(61年)などでヒットを飛ばすものの、アメリカ進出の失敗などから鬱状態に陥ることになる。あるいは本木がいれば――2人はまちがいなく親友、同志と言える存在だったので――そんなことにはならなかったのでは?

その答えは決してわからない(結局、本木が金にルーズで、事件を起こしたのは事実なのである)。だが、黒澤が二度と『七人の侍』のような現場を持てなかったことを思えば、本木が単なる黒澤の小坊主などではなかったのはあきらかだ。本木荘二郎の重要性を認めるのは、東宝とピンク映画、映画の中心と周縁をひとつにつなげることなのである。
「世界のクロサワ」をプロデュースした男 本木荘二郎 / 鈴木義昭
「世界のクロサワ」をプロデュースした男 本木荘二郎
  • 著者:鈴木義昭
  • 出版社:山川出版社
  • 装丁:単行本(312ページ)
  • 発売日:2016-08-11
  • ISBN-10:4634150948
  • ISBN-13:978-4634150942

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映画秘宝 2016年11月号

95年に町山智浩が創刊。娯楽映画に的を絞ったマニア向け映画雑誌。「柳下毅一郎の新刊レビュー」連載中。洋泉社より1,000円+税にて毎月21日発売。Twitter:@eigahiho

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