書評

『テロルと改革―アレクサンドル二世暗殺前後』(山川出版社)

  • 2024/01/17
テロルと改革―アレクサンドル二世暗殺前後 / 和田 春樹
テロルと改革―アレクサンドル二世暗殺前後
  • 著者:和田 春樹
  • 出版社:山川出版社
  • 装丁:単行本(388ページ)
  • 発売日:2005-09-01
  • ISBN-10:4634640163
  • ISBN-13:978-4634640160
内容紹介:
テロルの衝撃のもとにはじまった改革は皇帝の暗殺によって挫折した。ロシアの運命を分けたテロルと改革の正負の関係を解明する。

暗殺に頓挫した西欧立憲制の波

一八八一年三月、日本で参議の大隈重信が国会開設要求の運動に応じ、憲法を制定して国会開設するようにという意見書を提出したのと同じ頃、ロシアでは最高指揮委員会長官ロリス=メリコフが政治制度改革案を皇帝に提出して裁可がおりていた。

ともに立憲体制への方向へと舵が取られようかという時期であったが、その後の政治は二つの国では大きく異なっていた。

ロシアでは三月一日に皇帝アレクサンドル二世が暗殺され、即位したアレクサンドル三世が皇帝専制護持の詔書を出し、改革は頓挫してしまったのであるが、日本ではそのロシア皇帝暗殺の影響も多少はあって、逆に国会開設へと向かっていったのである。

こうしたロシアでテロルが改革を押しとどめてしまった動きを、克明に追ったのが本書である。

西欧の立憲制の波が押し寄せるなかで、改革を求める声の広がりに、後進国家の政治はどう展開していったのか、また何度もテロに見舞われるなかでの政治的対応はどうあったのかを考える上で、本書はまことに興味深い素材を提供してくれる。

主役は改革の推進者ロリス=メリコフ。出発点は二年前の四月二日の皇帝が狙撃を受けた事件。その年十一月十九日にはお召し列車爆破事件が起き、翌年二月にも宮城爆破事件が起きた。いずれも皇帝はあやうく命拾いしたのだが、そこに希望の星として迎えられたのがロリス=メリコフ伯爵であった。

ロリス=メリコフは、アルメニア商人出身の父がグルジア貴族としてロシア帝国の貴族の待遇を受けたことから、父の勧めでモスクワに出て士官学校を経て軍人になった。その堪能な語学を生かしカフカース戦争に戦勲をあげると、ロシアが大苦戦した露土戦争に大功をあげて一躍その名が首都ペテルブルクに知られるにいたった。

首都では相次ぐ皇帝暗殺未遂事件が起きたにもかかわらず、皇帝や皇太子を始め貴族・官僚も動きがとれない停滞的な状況にあり、新しい人材が求められていた。そこに登場したメリコフが彼らとわたりあいながら、改革を推進していったのである。

メリコフ自身は日記をつけていなかったが、多くの政治家は日記をつけており、また多数の書簡が今に残されている。その残されている史料を丹念に読み込みながら、転変と移る政治情勢と、それに関わった人々の思想や性格・心理状態などを明らかにしつつ、改革に突き進むメリコフの行動と姿を鮮やかに描き出している。

暗殺を恐れていた皇帝は、危惧をいだきつつも、愛人で新しい妻になったユリエフスカヤの将来を考え、メリコフの改革案を受け入れていった。

その皇帝の新しい妻を嫌っていた皇太子は指導者としてメリコフを評価してはいたものの、皇太子の師ポベドノスツェフは改革が立憲制に向かうものと不信感を抱いていた。鋭い情勢感覚をもち、危機の打開を考えていた皇帝側近の官僚ヴァルーエフは、しかし保身術が巧みで虚栄心が強かった。

思惑の絡む複雑な動きのなかで権力を集中してメリコフは自派の大臣を固めていったのだが、皇帝を襲った最後の一撃が、改革案を進める方向には向かわせずに吹き飛ばし、新皇帝は一転して専制を護持すると表明し、改革は頓挫してしまった。

分析と叙述に緩みが無く、ロリス=メリコフを主人公とする映画を見たくなるような本となっている。
テロルと改革―アレクサンドル二世暗殺前後 / 和田 春樹
テロルと改革―アレクサンドル二世暗殺前後
  • 著者:和田 春樹
  • 出版社:山川出版社
  • 装丁:単行本(388ページ)
  • 発売日:2005-09-01
  • ISBN-10:4634640163
  • ISBN-13:978-4634640160
内容紹介:
テロルの衝撃のもとにはじまった改革は皇帝の暗殺によって挫折した。ロシアの運命を分けたテロルと改革の正負の関係を解明する。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2005年10月16日

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