書評
『書淫日記: 万葉と現代をつないで』(ミネルヴァ書房)
研究の話で笑わせる語り芸
「書淫(しょいん)」は、著者によれば、本を読むこと、買うことに過度に傾くことで、オタクと似て内向きの幸福に浸るところがあり、つい鼻白んでしまいもする。ところが著者は、他人を歓(よろこ)ばせることで幸福感に浸るという珍しい書淫。専門の万葉研究のことでも、瑣末(さまつ)なほじくりを自虐的に描いて、逆に読者をぐいと引き込む。千年を優に超える万葉解釈のバトンリレーの一員をみずから任じ、ちょっと愉快な現代訳にも精を出す。そんな研究の周辺を、ぷっと噴きだすようなエピソードふんだんに書き綴(つづ)る。古事記から高橋是清の自伝、阿部定の予審調書、吉村昭の文体まで32の読書記は、美でなく笑いの絢爛(けんらん)となる。今ではほとんど知られない本も多く、それを全部すぐにも注文したくなる。語り部というより語り芸の人なのだ。自分を貶(おとし)めても人を歓ばせたい、そこのところが、私、関西人としてはちょっと切なくないでもないが。博多に住む母親の話には身を洗われる。
朝日新聞 2013年09月1日
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