書評

『菊池寛急逝の夜』(中央公論新社)

  • 2020/03/09
菊池寛急逝の夜 / 菊池 夏樹
菊池寛急逝の夜
  • 著者:菊池 夏樹
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(220ページ)
  • 発売日:2012-08-23
  • ISBN-10:4122056829
  • ISBN-13:978-4122056824
内容紹介:
昭和二十三年三月六日、人気作家で文藝春秋を興した稀代の出版人であった菊池寛の自宅では、快気祝いの宴がひらかれていた。身内が集まり、主治医もまじえての歓談の最中、席を立った主役を襲った突然の悲劇。文壇の大物の急逝に、周囲は騒然となった―。孫である著者が、その破天荒な生涯を愛情をこめて描く。

親族だけが知る「特別な人物」の像 

海のように茫漠として大きい菊池寛について(その実、入念で合理的な性格をもあわせ持っていたのだが)本書は直系の孫が綴った記録である。

肉親を一冊の書として記すのは思いのほかむつかしい。どういう距離感を取るか、感情と客観性のバランスが取りにくいのだろう。著者は菊池寛の膝に抱かれたことはあったが、直接の印象を持つ前に他界されてしまった。さいわい謦咳(けいがい)に接した親族が残っている。(平成20年の時点で)文豪の長女90歳、長男84歳、次女83歳、そのほかの関係者もみな高齢だ。このあたりで身近な人だけが知っているエピソードを記しておこう、と筆を執り(急逝前後の事情が大半を占めているが)その目的は十分に達せられた、と評してよいだろう。

菊池寛は作家としての業績とはべつに文芸春秋(株)を創設して多くの文学者を支援したことなど文化事業の推進者としての多彩な功績があって、この二つについては多くの記述が残されているけれど、人柄についてはやはり親族の視点で記されたものが(特別な人物であっただけに)望ましい。第一級の見聞が綴られて読みごたえがある。

妻に浮気がばれ、謝りながらも「六十歳になったら、マジメになります」と宣言して五十九歳で没したとか、女性の能力や立場をきちんと認めながら妻妾(さいしょう)同居のときがあったりする。そもそも逝去の事情そのものが、あきれた妻に家出をされ、それを呼び戻すため不調の身でありながら快気祝いを自宅でするからと体裁を整え、その最中に急死したのだった。

この妻もなかなかユニークな人柄で、それを通して文豪の日常の、見えない部分が見えてきたりする。もちろんもっと真摯なエピソードもたくさん盛り込まれ、簡単には捕らえにくい文学者であったのだろう。

著者が一つの総括として“菊池寛と北野武、このふたりとも時代が求めた大プロデューサーなのである”としているのは、おもしろい視点だが、菊池寛のほうが志が深いのではないか。身内の遠慮かもしれない。
菊池寛急逝の夜 / 菊池 夏樹
菊池寛急逝の夜
  • 著者:菊池 夏樹
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(220ページ)
  • 発売日:2012-08-23
  • ISBN-10:4122056829
  • ISBN-13:978-4122056824
内容紹介:
昭和二十三年三月六日、人気作家で文藝春秋を興した稀代の出版人であった菊池寛の自宅では、快気祝いの宴がひらかれていた。身内が集まり、主治医もまじえての歓談の最中、席を立った主役を襲った突然の悲劇。文壇の大物の急逝に、周囲は騒然となった―。孫である著者が、その破天荒な生涯を愛情をこめて描く。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2009年6月21日

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